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2026 / 04 / 14 ベストプラクティス

AI導入で最初に見るべき業務フロー

Lead

士業事務所のAI導入「最初の1本」を、定型度・頻度・守秘要件の3基準で選び、つまずきやすい業務と自社/プロの境界まで整理します。

所員 8 名・顧問先 60 社の税理士事務所を例に

所員 8 名、 顧問先 60 社、 申告期は所員全員が深夜まで残る、 という規模感の税理士事務所を仮に置きます。 所長が「来年こそ AI を入れたい」と決め、 IT 担当を兼ねた職員に検討を任せました。 担当者は ChatGPT の有料プランを契約し、 所内で使えるツールとしてアナウンスしました。 三か月後、 所内で日常的に AI を使っているのは担当者一人だけ、 という状態になっていました。

このケースで最初に欠けていたのは、 ツール選定ではなく「うちの事務所のどの業務に、 どの順番で当てるか」の判断軸です。 機能カタログを読み比べる前に、 自所の業務フローを棚卸しし、 「最初の 1 本」を選び出す基準を持っておく必要があります。 本稿ではその基準と、 士業別の典型的な候補、 つまずきやすいパターンを整理していきます。

なお本稿は 2026 年 2 月時点で公開されている一次情報をもとにしています。 AI 関連の制度・ガイドラインは更新が速いため、 実際の導入判断時には最新版で再確認することをおすすめします。

最初の業務を選ぶ 3 つの基準

最初に着手すべき業務は、 次の 3 点で機械的にスコア化できます。

定型度 手順が文書化できる、 または毎回ほぼ同じ流れで進む業務であることが望ましいです。 「ベテランの暗黙知に依存している」「案件ごとに進め方が変わる」 業務は、 最初の対象としては避けたいところです。 AI に任せたい部分のインプットとアウトプットが、 言葉で説明できる状態であることが目安になります。

頻度 週に何度も発生する業務ほど、 AI 導入の効果が累積していきます。 年に数回しか発生しない業務は、 仕組み化のコストに対して回収しにくいと言えます。 「毎週何時間使っているか」 を所員に聞き取り、 上位を抽出するのが現実的です。

守秘要件の低さ クライアントの個人情報・財務情報・係争情報・健康情報を含む業務は、 最初の対象として適切でないケースが多くなります。 個人情報保護委員会は生成AIサービスに個人情報を入力する場合の留意事項を公表しており、 機微情報を含む業務は別途設計が必要になります。

3 つの基準を「定型度・頻度・守秘要件の低さ」のスコアで採点し、 上位の業務から検討します。 採点は職員数名で別々に行い、 結果を突き合わせると、 所内の認識ずれが可視化されて副次的な効果も出てきます。

士業別の典型的な候補

事務所種別ごとに、 3 基準を満たしやすい業務の例を整理します。 あくまで候補であり、 各事務所の実態に応じて要確認の前提でご覧ください。

税理士事務所

  • 顧問先からの定型問い合わせへの一次返信ドラフト
  • 月次試算表のコメント文の叩き台 (数値は渡さず、 傾向テンプレ文だけ生成する設計が安全です)
  • 改正情報の社内向け要約

社労士事務所

  • 助成金の公開情報からのチェックリスト抽出
  • 就業規則改定の論点整理 (具体事業者情報は入れない範囲で)
  • 給与計算の確認手順のマニュアル化補助

行政書士・司法書士事務所

  • 申請書類の記載要件チェックリスト適用 (人名・住所などは伏せた状態で論理チェックのみ行います)
  • 公開情報からの根拠条文の検索・要約
  • 顧客向け説明文の平易化

共通して候補になりやすいもの

  • 議事録の構造化 (録音データを外部送信してよいかは別途要確認です)
  • 過去 FAQ の分類・整理
  • 社内マニュアル・手順書のたたき台作成

特に「顧問先からの問い合わせの一次返信ドラフト」 と「申請書類のチェックリスト適用」 は、 定型度と頻度が高く、 個人特定情報を伏せれば守秘要件もコントロールしやすくなります。 見落とされやすいですが有力な候補として整理しておきたいところです。

業務フローの 4 分解と例外の扱い

業務を AI に任せるかどうかを判断するには、 フローを 4 段階に分解するのが扱いやすいやり方です。

  1. インプット: 誰から、 どんな形式 (メール・電話・紙) で、 何が入ってくるか
  2. 処理: その情報をどう加工・判断・参照するか
  3. アウトプット: 誰に、 どんな形式で渡すか
  4. 例外: 通常フローから外れるパターンと、 その分岐条件

この 4 分解をしたうえで、 「処理」のうち判断が定型化できる部分だけを AI に切り出す、 というのが破綻しにくいやり方の一つです。 インプットとアウトプットには個人情報が乗りやすいため、 AI に渡す前に伏せる・抽象化する工程を挟む設計が安全と考えられます。

例外パターンの洗い出しは丁寧に行う価値があります。 「相続が絡んだ場合」「外国籍の顧客の場合」「滞納がある場合」など、 通常フローから外れる条件を AI に判断させると想定外の挙動が起きやすくなります。 例外検知だけは人間に残す設計が現実的です。

逆に、 最初に選ぶと事故が起きやすい業務もあります。 個別具体の税務相談・法律相談への一次回答 (顧問先情報を含み、 判断ミスが顧客に直接影響します)、 契約書の最終チェック (最終責任は士業本人に残るため、 AI に置き換えると責任所在が曖昧になります)、 損害賠償・係争に関する文書 (機微度が高くなります)、 新人教育の代替 (もっともらしい誤答が混ざります)、 このあたりは「便利そうだから」で選ぶと事務所の信頼を毀損する経路につながりやすいです。

「叩き台作成」 と「最終チェック」 を別物として扱う、 という線引きも実務上は機能します。 叩き台は L1〜L2 (候補提示・下書き生成) として AI に切り出してよいのですが、 最終チェックは士業本人の責任工程として残します。 同じ業務名であっても、 工程によって AI に任せる比率が異なる、 という前提を共有しておきたい場面です。

守秘義務・規約の点検観点

士業が AI を業務利用する場合、 個人情報・守秘義務の論点は避けて通れません。 個人情報保護委員会は 2023 年 6 月 2 日付で「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」を公開しており、 生成AIへの個人情報入力に関する留意事項を明示しています。 2025 年 2 月 3 日には DeepSeek に関する情報提供も出されており、 特定サービスごとに別途確認が必要なケースもあります。

実務上、 最低限押さえておきたい論点は以下に集約されます。

  • 入力データの学習利用: AI サービスが入力内容を学習に再利用するかを、 規約レベルで確認します
  • 保存場所・国: データがどの国のサーバに保存されるか。 国外保存の場合は、 顧問契約上の取り扱いを別途検討します
  • アクセス権限: 事務所内で誰が AI を使えるかを限定します。 アカウント共有は監査ログが追えなくなるため避けたいところです
  • ログ保全: いつ・誰が・何を入力したかの記録を残せる設計にしておきます
  • 守秘義務との整合: 顧問契約・委任契約で守秘義務を負っている情報を、 第三者サービスに送信してよいかを契約レベルで確認します

これらを曖昧にしたまま導入を進めると、 効率化のメリットより情報漏えい・契約違反のリスクのほうが先に立ってしまいます。

事務所内のルール文書は、 A4 で 1〜2 枚程度のラフな形でも機能します。 完璧な規程を一度に整えようとすると、 着手のハードルが上がって運用開始が遅れてしまいます。 まずは「使ってよいツール」「使ってはいけないツール」「入れていい情報」「入れてはいけない情報」 の 4 項目だけを明文化することから始めるのが、 中小事務所では現実的だと考えられます。 半年に一度、 公開された注意喚起や規約改定を踏まえて更新するサイクルを入れておくと、 文書の陳腐化も避けやすくなります。

自所への適用ステップ

冒頭の所員 8 名事務所を例に、 「最初の 1 本」 を決めるまでの動き方を 3 ステップで置いてみます。

ステップ 1: 業務時間棚卸し (所員全員・30 分 × 2 回) 所員それぞれに、 直近 1 か月で「これ毎週やってる」 と感じる業務を 3 つずつ書き出してもらいます。 名前は出さず、 業務名と推定時間だけを集めます。 結果は会議室のホワイトボードに並べます。

ステップ 2: 3 基準スコアリング (担当者と所長で 1 時間) 出てきた業務候補に、 定型度・頻度・守秘要件の低さを 5 段階で採点します。 採点は担当者と所長で別々に行ってから突き合わせます。 ずれが出た業務は、 そもそも業務理解が共有されていない可能性が高いと言えます。

ステップ 3: 4 分解と「人間に残す部分」の言語化 (担当者と当該業務の担当所員で 1 時間) スコア上位 2〜3 業務について、 インプット・処理・アウトプット・例外を分解します。 「処理」 のうち AI に切り出せる部分と、 「例外」 のうち人間に残す部分を、 文書として残しておきます。 文書化を急がず、 翌週に再度見直す時間を確保しておきます。

このプロセスを経ずにツール選定から入ると、 「契約したけど誰も使わない」 状態に逆戻りしてしまいます。 ツール選びより前にやるべき設計作業がある、 という認識を所内で共有することが、 最初の 1 本を機能させる足場になります。

参考

Author · 著者

三方 浩允

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