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2026 / 05 / 15 事例

海外大手法律事務所の動きから、業務に持ち帰れる部分を見ていく

Lead

海外大手法律事務所の AI 導入事例を、領域の絞り込み・人の育て方・最終確認の置き方という業務側の観点から見ていきます。日本の士業事務所でそのまま使える部分と、読み替えが要る部分を分けてお伝えします。

海外の大手法律事務所が AI ツールを業務に組み込んだ、というニュースを目にする機会が増えてきました。事務所内で「うちでも何か始めたほうがよいのだろうか」と話題になる場面もあるようです。

ただ、海外大手の話をそのまま日本の士業事務所に持ち込もうとすると、規模・規制・顧客文化が違いすぎて、参考にしにくい部分も出てきます。本記事では、公開されている動きを業務の流れに沿って見ていき、日本の事務所で持ち帰れそうな部分と、読み替えが要る部分を分けてお伝えします。

公開情報で見える海外大手の動き

公開情報ベースで確認できる代表的な動きを並べてみます。

Allen & Overy は、2022 年 11 月から GPT-4 をベースにした Harvey をベータで試行し、約 3,500 名の弁護士が 4 万件規模のクエリを実務で投入した、と公表しています。2023 年 2 月 15 日には全社展開と Harvey との独占ローンチパートナーシップを公式に発表しました。同時に、アウトプットは A&O の弁護士が慎重にレビューする必要がある、と人による確認の手順にも触れています。

Linklaters は、2025 年 9 月に Legora の全社展開を発表し、2025 年 11 月 25 日にはグローバルで 20 名規模の「AI Lawyers」という専門チームの設置を公表しています。法律実務経験者と外部の技術人材を混ぜたチーム編成で、戦略・ツールの上級機能・変更管理・プロンプト設計を含むブートキャンプ研修を経たうえで、各拠点・プラクティスに伴走させる構成を取っているようです。

両方に共通しているのは、ツールを買って配るだけで終わらせず、人材の育て方・確認の手順・業務の流れの作り込みをセットで進めている点です。日本の士業事務所で参考にしやすい部分も、ここに集まっているように見えます。

成功例の中で見えてくる工夫

強い領域の中で、型化しやすい業務から入っている

A&O も Linklaters も、最初から事務所全体の業務を AI で置き換えようとはしていません。A&O は M&A・コーポレートの中でも、ドキュメント生成・調査・要約に絞った Harvey の使い方から始めています。Linklaters は Applied Intelligence というクライアント別のワークフロー構築チームを立てています。

事務所の中で「強い領域」 × 「頻度が高くて型化しやすい業務」 から入ると、効果も検証も追いやすくなることが多いようです。逆に、事務所全体の AI 化を最初の目標に置くと、検証の輪が回りにくくなり、途中で止まってしまう場面も出てきます。

業務理解と技術理解を、同じテーブルに乗せている

Linklaters の AI Lawyers は、外部の技術人材と、直前まで実務をやっていた弁護士を一つのチームに統合しています。法務の知識と、プロンプトやワークフローの設計が同じ場所で動くことで、業務理解の浅い AI 導入や、技術理解の浅い法務判断のどちらも起きにくくなる、という意図が読み取れます。

日本の士業事務所では、1 人の所員が業務と AI 推進を兼ねるケースが多くなります。それでも、誰がどの判断責任を持つか (= プロンプト設計・最終チェック・クライアント説明) を分けて書いておく工夫はしやすい場面です。

最終確認を人の手順として書き残している

A&O の公式リリースでは、Harvey の出力には弁護士による慎重なレビューが要る、と明記されています。スピードアップを掲げつつ、最終的な品質責任は人の側に残す、という形を文書で残しています。

AI を使うか使わないかというより、「AI の出力をどの工程で、誰が、何をチェックして次の工程に渡すか」を業務の流れに書き込めているかどうかが、想定外の挙動を防ぐ実効的な手順になっているようです。

失敗例の中で見えてくる場面

検証なしで提出した結果、制裁が出た

2023 年 6 月 22 日、米国 SDNY の P. Kevin Castel 判事は、ChatGPT が生成した存在しない判例を含む準備書面を提出した弁護士らに対し、Rule 11 に基づく 5,000 ドルの制裁を科しました。弁護士側は、ChatGPT に「これらの判例は実在するか」と確認し、ChatGPT が「実在する」と答えたためそのまま提出した、と説明したそうです。判事はこれを「主観的な悪意 (subjective bad faith)」 に相当する、と判断しています。

ここで見えるのは、AI に AI 自身の出力の真偽を聞いても検証にならない、という場面です。出力の真偽は、判例データベース・公式文書といった一次情報の側で確認する手順が要る、という整理になります。

大手でも誤情報を含む書面が出ている

2025 年以降、Am Law 100 級の事務所でも AI 由来の誤情報を含む書面提出が報じられ、五桁ドル規模の制裁・費用負担に至った事例が複数公開ベースで確認できる、という形で各所の報道が出ています。

大手だから、有名なツールだから、確認の手順を省ける、という場面ではなさそうです。むしろ規模が大きいほど、案件数と利用者数の掛け算で、誤情報に当たる確率が積み上がっていきます。

個別最適化された運用は、後で困りやすい

公開されている事例の中には、特定の弁護士・特定の案件で AI を独自に使い、組織のレビューフローに乗らないまま提出されたケースが目立つ、というものもあります。事務所として、どのツールを、どの業務で、どの確認を経て使ってよいか、を文書にしていないと、誰か 1 人の判断が事務所全体の評価に跳ね返る形になりやすいようです。

AI 利用のポリシー・許可ツール一覧・確認手順を、利用者個人ではなく事務所の規程として持っている事務所もあります。

海外事例をそのまま持ち込みにくい理由

海外大手の動きを、日本の士業事務所にそのまま当てはめにくい場面がいくつかあります。

観点海外 Big Law日本の士業事務所
規制・倫理各国法曹倫理ルール (規模差を許容)単位会・士業法ごとの守秘・委託規律
体制数千人規模・専任 AI チーム中小事務所が中心・兼務が前提
言語・データ英語の判例・契約コーパスが豊富日本語の法令・通達・判例の整備度に差
クライアント時間課金中心・AI 受容度が高め固定報酬も多く・受容度は分かれる

日本の弁護士・税理士・社労士の業務では、それぞれの単位会・士業法で守秘義務やデータの取り扱いに関する規律が置かれています。海外 Big Law の AI 運用が、そのまま国内の倫理規程と整合するかは、個別に確認する場面が出てきます。

A&O・Linklaters は数千人規模の人員と、専任の AI チーム・データサイエンティストを抱えています。日本の中小事務所でそのまま再現するのは、現実的には難しい場面が多いようです。

言語とデータの差もあります。海外事務所は英語ベースで巨大な判例・契約コーパスを使える前提で動いていて、日本語の法令・通達・判例の整備状況や、商用 LLM のカバレッジが英語圏と同じとは限らない、というところは押さえておきたい場面です。

クライアント側の文化も違います。時間課金中心か固定報酬中心かで、AI 利用への受容度も変わってきます。

海外でうまくいったから日本でも、という形ではなく、海外でうまくいった構造のうち、自分たちの規模・規制・顧客に合わせて持ち帰れる部分はどこか、という見方のほうが、業務に落としやすくなるようです。

日本の士業事務所で持ち帰れそうな部分

ここまでの内容から、規模の大小に関わらず取り入れやすい場面を並べておきます。

事務所の強い領域の中で、型化しやすい業務を 1〜2 種類選んで始める、という入り方をしている事務所があります。事務所全体の AI 化を最初の目標に置くより、検証の輪が回りやすくなる場面が多いようです。

誰が、どの工程で、何を確認するかをフロー図 1 枚にまとめて、所内で共有しているところもあります。AI 出力の検証は、AI 以外の一次情報 (= 判例・公式通達・原本) で行う、という手順を業務の流れに書き込んでおく形です。

利用ツールとデータの取り扱いを、個人の裁量ではなく事務所の規程に組み込んでおく事務所もあります。クライアントへの説明 (= AI を使った範囲・人による最終確認の範囲) を、契約や説明文書のどこに書くかを決めておくと、後で照会があった場面で参照しやすくなる、という運用も見ます。

社内の運用判断で着手しやすい部分と、単位会・所属士業会のガイドラインや既存の業務委託契約との突き合わせが要る部分が混ざっています。混ぜずに、別々に進める事務所もあるようです。

セキュリティ・コンプラの観点で見ておきたい場面

AI を業務に入れるにあたって、士業事務所の文脈で見ておきたい場面を並べておきます。

クライアントから預かったデータを、外部 LLM の学習対象になる経路で投入していないか、を確認する場面があります。商用プラン・API・契約条項で「学習に使わない」 が明示されているかを確認する事務所もあります。

誰がどの案件のデータに AI を通じてアクセスできるかを、案件単位で制御できているか、を見ておく場面もあります。退職者の権限を外す手順も含めて、書面で残している事務所もあります。

AI への入力・出力ログを誰が、どの期間保管するかも、決めておくと、何かあった場面で追跡しやすくなります。

利用する AI サービスの提供者・サブプロセッサ (= クラウド事業者等) が、クライアントとの守秘義務契約・個人情報保護法の委託要件と整合しているかを確認する場面もあります。

誤情報を含むアウトプットを外部に出してしまった場面で、社内通報・クライアント通知・必要に応じた当局報告の手順を事前に決めておくと、慌てずに動ける場面が増えるようです。

これらは AI に固有というよりも、これまでの情報セキュリティ・コンプライアンスの延長線上にある場面です。AI を業務に組み込む場面が、既存のセキュリティ規程・委託管理を見直すきっかけになる、という形で取り組んでいる事務所もあります。

海外事例の読み替え方

海外大手の動きを業務に持ち帰る場面で、よく出てくる読み替えを並べておきます。

「数千人規模の専任 AI チーム」 は、日本の中小事務所では、業務と AI を兼ねる 1〜2 名の指名、という形に縮める場面が多いようです。

「全社展開の発表」 は、1 業務 × 1 工程のパイロット、という形で始める事務所が多いです。最初から本番展開を目指すと、検証の輪が長くなりやすい場面があります。

「外部技術人材との混成チーム」 が担っている領域の一部は、日本では契約・規程のレイヤーで担保する場面が出てきます。単位会のガイドライン・委託契約との整合を、別の人が確認する流れにしている事務所もあります。

「クライアント説明はフィー前提」 という前提も、日本では顧問契約・委任契約の業務範囲条項に AI 利用の説明をどう書くか、という形で読み替える場面が出てきます。

海外大手の動きを見ていくと、ツールそのものよりも、領域の絞り込み・人の育て方・最終確認の手順を、事務所の制度として組み立てている事務所のほうが、後で困る場面が少ない、という形が見えてきます。日本の士業事務所で持ち帰れるのは、ツールの選定そのものよりも、この構造の中で自分たちに合う部分をどう取り入れるか、というところになりそうです。

参考

Author · 著者

三方 浩允

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