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2026 / 05 / 11 ベストプラクティス

AI導入を外注する前に、事務所で決めておくこと

Lead

ベンダーに発注する前に、目的・対象業務・成功条件・運用責任・予算上限を事務所内でそろえておく考え方と、RFP に書き込んでおきたい項目をご紹介します。

ある士業事務所で、こんな話を伺ったことがあります。AI を業務に入れたいと考えてベンダーに相談を持ちかけたものの、半年経っても要件が固まらず、PoC の費用だけが先に出ていった、というご相談でした。原因を辿っていくと、技術側の力量というより、何を頼みたいのかを事務所側で言語化しないまま発注に進んでいた、という前段にあったようです。

情報処理推進機構 (IPA) の「DX 白書 2023」では、DX 推進にあたり「成果が出ない」と回答した日本企業の比率が、米国企業と比べて顕著に高いと報告されています1。AI を業務に組み込む場面でも、同じ構造が持ち込まれやすいようです。本稿では、ベンダーに依頼する前に、事務所内でそろえておきたい論点と、RFP に書き込んでおきたい項目をご紹介します。

外注前に事務所内でそろえておきたいこと

ベンダー選定の前に、次のような論点を 1 枚紙にまとめておく、という運用を取っている事務所があります。

  • 目的 (どの経営指標に紐づくか)
  • 対象業務 (どの業務のどの工程か)
  • 成功条件 (何が起きたら成功と呼ぶか)
  • 運用責任 (本番に乗せた後、誰が運用を担うか)
  • 予算上限 (いくらまで投じるか、撤退ラインはどこか)

このうち一つでも「ベンダーに相談しながら決めたい」と考えている状態であれば、外注のタイミングはもう少し先になります。優れた外部パートナーほど、論点が曖昧な案件は受けない、PoC 範囲に絞って契約する、という選択肢を取ることが多く、丸ごとお任せできる相手は実務上ほとんど見当たらない、と考えておくほうが現実的です。

目的は「AI を入れること」ではなく経営指標に紐づける

「AI を入れたい」という言い方は、まだ経営目的にはなっていません。ベンダーに渡したいのは、経営課題と仮説のほうです。

たとえば、次のような言語化が出てくると、ベンダー側でも見積もりやスコープが組みやすくなります。

  • 相続案件の初期ヒアリング工数を月 20 時間減らしたい
  • 顧問先からの一次問い合わせ回答のリードタイムを、3 営業日から 1 営業日にしたい
  • 申告書類のセルフチェック工程を、月◯件こなせる状態にしたい

いずれも、事務所の経営指標 (残業時間・顧問満足度・処理件数 等) に接続しています。逆に「AI を使って業務を効率化したい」「ChatGPT を所員に配りたい」という粒度のままだと、ベンダー側で課題を想像で埋めることになり、要件が膨らみやすくなります。

目的の言語化に詰まる場面では、過去半年で残業時間が突出した業務、顧問先からのご指摘が多かった業務、所長ご自身が「これは時間を取られているな」と感じている業務を所内で挙げてみる、という方法があります。共通項として「定型処理が多い」「例外が少ない」「件数が一定以上ある」が見えてくれば、最初のスコープ候補になりやすいです。

対象業務はできるだけ 1 業務・1 工程まで絞っておく

対象業務は、1 業務・1 工程まで絞っておくと、見積もりが現実的な範囲に収まりやすくなります。「経理業務全般の効率化」ではなく「月次決算データの異常値検知」、「顧問先対応の高度化」ではなく「議事録ドラフトの自動生成」、というレベルです。粒度が粗いままだと、見積もりはフルパッケージ前提で返ってくることが多く、初期費用が数倍に膨らむ場面が出てきます。

絞り込みの目安として、次のような観点が分かりやすいです。

  • 頻度が高い (月 10 件以上、できれば 100 件以上)
  • 判断が定型的 (人が見ても判定基準がほぼ同じ)
  • 例外パターンが少ない (イレギュラー処理が業務量の 1 割以下)

成功条件は数値で書いておく

成功条件は、後から振り返れる形にしておきたい部分です。最低限「業務 KPI (時間・件数・品質 のいずれか)」「計測期限 (3 か月・6 か月・12 か月)」「ベースライン (AI を入れる前の現状値)」をそろえておくと、効果が出たかどうかの議論がしやすくなります。

ベースラインが計測できていない事務所は多く、そのまま発注に進むと、後から「効果があったかどうか分からない」という話になることがあります。意思決定の前に対象業務を 1〜2 週間ストップウォッチで計測しておく、という工夫を取っている事務所もあります。

運用責任は本番化の前に決めておく

外注前に決めておきたい論点として、技術より大きいのが運用責任のところです。AI を本番に乗せた後、次のような役割を誰が担うかが曖昧なままだと、運用が宙に浮きやすくなります。

役割担う内容
業務窓口現場担当者からの「出力がおかしい」を最初に受ける
最終決裁者AI 出力を顧問先に提示してよいかの判断
ベンダー窓口定例 MTG・仕様変更交渉
インシデント対応責任者誤出力・情報漏洩が発生したときの初動

これらが所長お一人に集まっている事務所では、本業の合間に対応しきれず、結果として運用が止まってしまう場面があります。所長 + 現場リーダー 1 名 + IT 担当 1 名くらいの体制を組めるか、外注前に確認しておきたいところです。体制が組みにくい規模であれば、フルカスタム開発ではなく、既製 SaaS + 運用支援契約のほうに切り替える、という選択肢もあります。

予算上限とセキュリティ要件を RFP に書き込んでおく

予算は「初期費用」「月額運用費」「撤退判断ライン」をセットで決めておきます。

  • 初期費用の上限 (例: 500 万円まで)
  • 月額運用費の上限 (例: 月 50 万円まで)
  • 撤退判断ライン (例: 6 か月後に KPI が◯% 改善しなければ撤退)

特に撤退判断ラインを最初に書面化しておくと、サンクコストに引きずられそうになったときに、書面に戻れる状態を作っておけます。「もう半年続ければ成果が出るかもしれない」という議論が始まる場面で役に立つことが多いです。

セキュリティ・コンプライアンスについては、士業事務所が AI を外注する場合、最終責任は事務所側に残る、という前提で要件を組むことになります。個人情報保護委員会は 2023 年 6 月、生成 AI サービスの利用に関する注意喚起を公表しており、利用者が留意したい事項を示しています2。経産省・総務省の「AI 事業者ガイドライン」も、AI 事業者および利用者の双方の責務を整理しているので、外注前に目を通しておきたい資料です3

RFP に書き込んでおきたい項目を並べておきます。

  • 取り扱いデータの範囲 (投入してよい範囲・禁止範囲の線引き)
  • データ保管場所 (国内・海外、特定 SaaS 事業者の可否)
  • 学習利用の禁止条件
  • 入出力ログの保管要件
  • 権限分離の方針 (利用権限と提示権限)
  • インシデント発生時の通報経路

これらが入った RFP をベンダーに渡せると、提案の精度と価格妥当性の検証がやりやすくなります。逆に、これらが書かれていない RFP では、ベンダー側でも値付けに困り、安全率を取った高めの見積もりが返ってきやすくなります。

事務所側で握る範囲と、外部に渡す範囲

ここまで挙げてきた論点は、ほぼすべて事務所側で握っておきたい領域です。経営判断を外部に委ねてしまうと、外注の意思決定構造そのものが崩れることがあります。観点ごとの分担のイメージを並べておきます。

観点事務所側で握る外部の技術側に渡す
目的・KGI経営課題の言語化
業務スコープ業務棚卸し・絞り込み
KPI 設計ベースライン計測・目標値KPI ダッシュボード実装
体制責任分担表運用支援契約の設計
予算撤退ライン意思決定
データ範囲投入可否の所内ルール化ログ基盤・権限制御の実装
技術選定モデル・SaaS・クラウドの選定
システム連携既存業務システムとの接続
セキュリティ取り扱い方針の決定暗号化・監査ログの実装
運用業務窓口・最終決裁モデル劣化監視・改善サイクル

経営判断は社内、技術実装は外部、という分担にそろえておくと、要件の迷走と予算超過の双方を抑えやすくなります。逆方向、つまり経営判断まで外部にお願いしてしまうと、ベンダー側で課題仮説を組み立てることになり、初期見積もりが膨らむか、PoC 範囲だけで契約が完結して本番には乗らないか、のどちらかに向かいやすいです。

順序が崩れる場面

ここまでの論点は、順序にも意味があるようです。実務でよくお見かけする崩れ方を挙げておきます。

  • ツール選定が先に来る場面 (「ChatGPT Team を全員に配るか、Copilot を入れるか」から議論が始まる) では、経営指標との接続が後付けになるため、配った後の利用率が伸びにくい流れになります
  • 予算が先に来る場面 (「100 万円の枠が取れたから何かしよう」から始まる) では、対象業務が後付けで決まるため、業務側からの本気の協力が得にくくなります
  • PoC だけが先に走る場面 (成功条件と運用責任を決めないままベンダー主導で PoC を進める) では、技術的には動いたものの本番に乗らない、という結末を辿りやすいです

外注で詰まったときには、どの論点が未定のまま発注に進んだのかに立ち返ってみると、原因の切り分けが進めやすくなります。経営判断は事務所側で握り、技術実装は外部に渡す、というこの順序を維持できるかどうかが、AI への投資が空振りで終わるかどうかの分かれ目になりやすいです。

参考

Footnotes

  1. 独立行政法人情報処理推進機構 (IPA)「DX 白書 2023」2023 年 3 月 16 日 https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/index.html

  2. 個人情報保護委員会「生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等について」2023 年 6 月 2 日 https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/

  3. 経済産業省・総務省「AI 事業者ガイドライン」AI 戦略会議・AI 制度研究会関連資料 https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/

Author · 著者

三方 浩允

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