ある中規模の税理士事務所で、 こんな話を伺ったことがあります。 所内の議事録作成や下書きの一部に AI を使うようになって半年ほど経った頃、 月次訪問の場で顧問先のご担当者から 「先生のところで ChatGPT を業務に使っていると聞いた、 うちでも始めたいので教えてほしい」 と相談を受けたそうです。 その場では一般的な使い方をお伝えして終わったのですが、 似た相談が複数の顧問先から続いたため、 サービスメニューにするかどうかを所内で検討することになりました。
業務の一部に AI を使うようになった事務所で、 ときどき耳にする場面です。 顧問先側も、 単独で導入を進めるよりも、 普段から業務をご覧いただいている士業の方に相談したい、 という流れになりやすいようです。 ただし、 サービスメニュー表に 1 行加えるだけで済む話ではないことも、 検討を進めるうちに見えてきます。 業務範囲、 契約形態、 責任設計、 料金、 セキュリティ、 守秘義務といった論点が同時に絡んでくるためです。
本稿は、 顧問先からの相談がサービスとして形になっていく過程で、 整えておくと後で困りにくい論点をご紹介します。 個別の法令解釈や独占業務の境界については、 文脈によって判断が変わる場面が多いため、 所属士業会の最新指針や顧問弁護士のご見解、 e-Gov 法令検索 等で最新の条文をご確認のうえ、 個別にご検討いただく前提でお読みください。
顧問先から入ってくる相談の場面
顧問先からの最初の相談は、 月次訪問や決算面談の雑談に近い形で出てくることが多いようです。 現場で耳にする相談の場面を並べると、 おおむね次のような幅があります。
- ツールの選び方について。 ChatGPT・Gemini・Claude・Copilot のどれを入れたらよいか、 無料版と有料版・法人プランの違いがよく分からない、 という相談
- 社内ルールの相談。 社員の方が個人アカウントで業務情報を入力している場面が出てきたが、 どう運用したらよいか分からない、 という相談
- 議事録・要約・メール下書きの相談。 単純な事務作業から時短を始めたい、 という相談
- 社内の情報検索の相談。 属人化している情報を AI で引けるようにしたい、 という相談
- 問い合わせ対応の相談。 チャットボットや FAQ の自動応答を作りたい、 という相談
前半は 「考え方を教えてほしい」 という相談で、 後半は 「設計から一緒に伴走してほしい」 という相談です。 同じ AI 関連の相談でも、 求められている関わり方は大きく違ってきます。 サービス化を考える際は、 まずどの場面の相談を、 どの契約の形で、 どの料金でお引き受けするかの切り分けが起点になります。
サービスの出し方には、 大きく 3 つの形があります
実務でよく見るのは、 大きく 3 つの形です。
| 形 | 契約の置き方 | よく見る場面 | 気をつけたい点 |
|---|---|---|---|
| 顧問契約の範囲内 | 既存の顧問料に含める | 簡単な質問への助言が中心 | 範囲が曖昧になり採算が崩れやすい |
| オプション契約 | 月額固定の追加業務 | 継続的な伴走が必要な場面 | 標準パッケージ化に手間がかかる |
| 別契約 | スポットやプロジェクト型 | 期間と成果物が明確な場面 | 都度の見積もり・契約書作成が必要 |
顧問契約の範囲内でお引き受けする形は、 月次訪問や定例面談の中で AI に関する一般的なご質問にお答えするやり方です。 ツールの選び方、 リスクの概要、 ご自身で進められる範囲の整理あたりまでが中心になります。 ご相談のハードルは低い一方で、 「どこまでが顧問料の範囲か」 が曖昧になりやすい場面でもあります。 月◯時間まで、 具体的な実装は別途お見積もり、 といった上限を契約書に書いておく事務所もあります。
オプション契約として位置付ける形は、 既存の顧問契約に 「AI 業務支援オプション」 のような項目を追加するやり方です。 月額固定で、 議事録 AI 導入の伴走、 社内ガイドライン策定のお手伝い、 所定時間内の個別相談などをひとまとめにします。 継続的な関係の中で収益が安定しやすい一方で、 内容の標準化に手間がかかります。 1 社目はオーダーメイドで進めても、 3 社目までに型を作っておかないと顧問先ごとに対応がばらつきやすい、 という声も聞きます。
別契約として切る形は、 「議事録 AI 導入支援」 「問い合わせフォーム AI 化の検討」 など、 特定のテーマで期間・成果物・報酬を区切るやり方です。 顧問先以外にもご提供できる形に整えて外向きに出すこともあります。 責任範囲と成果物が明確になる一方で、 受注のたびに見積もりと契約書作成が必要になります。 成果物が 「導入レポートまで」 なのか 「実装まで含むのか」 で工数が大きく変わってくるため、 初回ヒアリングの前に範囲をすり合わせる場面が出てきます。
どの形を主軸にするかは、 自所のリソース、 既存顧問先のご要望、 取りたいポジションによって変わります。 「うちはオプション契約までで、 実装は提携先さんと組む」 のように、 自所としてどこまでお引き受けするかを決めておく事務所もあります。
業法上の独占業務との境界をどう見るか
サービスの形を整えるときに見えにくいのが、 「これは自所の業の独占業務に踏み込んでいないか」 という論点です。 AI 業務支援は一般の IT コンサルティングに整理される場面が多いように見えますが、 文脈によっては独占業務に近づく場面が出てきます。
たとえば次のような場面があります。
- 税理士事務所が顧問先の労務 AI を設計するご相談の中で、 就業規則の条文助言に踏み込みかける場面 (= 社会保険労務士法 27 条で社労士の業務範囲が定められている領域に近づきます)
- 行政書士事務所が契約レビュー AI のご案内をする中で、 個別契約の法的判断に踏み込みかける場面 (= 弁護士法 72 条で、 報酬を得る目的で業として法律事務を扱うことが弁護士・弁護士法人に限られている領域に近づきます)
- 税理士でない事務所スタッフの方が、 AI 設計のご相談の中で税務相談に近い助言をする場面 (= 税理士法 52 条で税理士業務が制限されている領域に近づきます)
弁護士法 72 条は、 報酬を得る目的で業として法律事務を取り扱うことを弁護士・弁護士法人以外に禁じる規定です。 「AI 導入のコンサルティング」 という建て付けでも、 実質的に個別の法的判断・契約交渉・紛争解決に関わる場面では、 72 条との関係を整理しておく場面が出てきます。
逆の方向の論点もあります。 AI 関連の業務を顧問契約の付随業務として位置付けたつもりでも、 請求書や契約書の中で顧問料と切り分けて記載されておらず、 顧問先側で 「税理士業務の一部として支払った」 と認識される場面です。 後日のお問い合わせがあったときに、 責任範囲の立て付けが崩れる場面が出てきます。 請求書の摘要や契約書の業務範囲条項で、 AI 関連業務がどの位置付けかを明示しておく事務所もあります。
隣接する領域については顧問弁護士の先生や提携先と組んで対応する、 という形を取っている事務所もあります。 提携の枠組みも事前に契約書化しておくと、 後で困りにくくなります。
「士業 × 業界知見 × AI」 に絞ると見えてくるもの
サービスを形にしていく中で、 もう一つ大きな論点になるのが 「誰向けのサービスか」 の絞り込みです。
世の中には既に AI コンサルティングを掲げる事業者が無数にいらっしゃいます。 汎用的な AI 業務支援という打ち出しでは、 システムインテグレーター、 IT コンサル、 大手戦略ファーム、 個人のフリーランスの方まで、 競合が広く深く存在する領域です。 士業事務所が同じ土俵で実装力や大企業向けの営業力で差別化していくのは、 現実には難しい場面が多いようです。
一方で、 士業事務所の強みが活きるのは 「士業 × 業界知見 × AI」 が重なる領域だと感じます。 たとえば次のような切り口があります。
- 税理士事務所 × 飲食店経営 × 売上予測 AI (= 既存顧問先の経営データへの解像度を活かす切り口)
- 社労士事務所 × 介護事業者 × シフト最適化 AI (= 業界特有の労務論点・法令制約を踏まえた助言ができる切り口)
- 行政書士事務所 × 建設業 × 許認可関連 AI (= 許認可申請の型をお持ちなので、 AI が事実と異なる出力を出した場面を見抜きやすい切り口)
- 司法書士事務所 × 不動産業 × 登記関連 AI (= 登記情報の取り扱いの制約を踏まえた助言ができる切り口)
自所が既に深く関わっている業界、 その業界の典型的な業務、 AI で時短しやすい工程、 という 3 つが重なる領域に絞っていくと、 汎用的な AI コンサルティングでは出せない解像度が出てくる場面があります。
絞り込みのもう一つの利点は、 ヒアリングのテンプレート、 チェックリスト、 推奨ツールの組み合わせを型として再利用しやすくなる点です。 1 社ごとにゼロから組み立てるのではなく、 業界 × 業務の型に流し込んでカスタマイズしていく形にすると、 所内の標準化や新人教育の場面でも使いやすくなります。
料金の決め方
AI 関連サービスの料金は、 現状で 「相場」 と呼べるものが固まりきっていない領域です。 出し方の候補としては、 次のような選択肢があります。
- 時間ベース (タイムチャージ)。 既存の顧問業務の時間単価を基準に、 相談・調査・レポート作成の合計時間でご請求する形
- パッケージ料金。 「議事録 AI 導入支援パッケージ ◯万円」 「社内 AI ガイドライン策定支援 ◯万円」 のように、 成果物単位で固定料金にする形
- 月額オプション。 顧問料に追加して月額 ◯万円で、 所定時間内のご相談や運用伴走をカバーする形
- 成果報酬。 削減できた工数や売上の増加分の一定割合をご報酬とする形 (= ただし測定基準のすり合わせが難しい場面が出てきます)
実務では、 初期はパッケージ料金と月額オプションを組み合わせる形が扱いやすい、 という声をよく聞きます。 「議事録 AI 導入支援 (パッケージ ◯万円)」 でお引き受けして、 その後 「運用伴走 (月額 ◯万円)」 に移行する流れにすると、 顧問先側も投資のご判断がしやすくなる場面があります。
成果報酬は魅力的に見える一方で、 AI で削減できた工数を客観的に測ること自体が難しい場面が多いです。 導入直後は時間チャージやパッケージでお引き受けして、 効果測定の型ができてから成果報酬を検討する、 という順番で進めている事務所もあります。
独占業務との切り分けの観点から、 AI 関連業務のご請求は顧問料と分けて記載することも一つの選択肢です。 摘要欄に 「AI 業務支援サービス (業務範囲: ◯◯)」 と書いておくと、 後日の認識のずれを防ぎやすくなります。
セキュリティと守秘義務をどう整えるか
顧問先の AI 業務支援に踏み込むということは、 顧問先の業務情報、 場合によっては顧問先のさらにその先のお客様の情報にまで接近する場面が出てくる、 ということでもあります。 守秘義務と個人情報保護法の両方が関わってくる領域です。
個人情報保護委員会は 2023 年 6 月 2 日付で 「生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等」 を公表しています。 個人情報取扱事業者が生成 AI を業務利用する際の留意点を示したものです (出典: https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/) 。 商品化の場面で押さえておきたい論点を並べておきます。
- 学習利用の確認。 推奨する AI サービスが、 入力データを学習に再利用しない契約形態になっているか (= API 利用・エンタープライズ契約・opt-out 設定 等)
- 顧問先データの取り扱い。 顧問先のデータを AI に入力する場面の同意取得・利用目的の整理。 さらにその先のお客様の情報が含まれる場面では、 二次的な同意の論点も発生します
- データの保管場所。 顧問先のデータが、 契約上どこに保管され、 誰がアクセスできる立て付けになっているか。 海外リージョン保管の場合は越境の論点も出てきます
- 守秘義務との整合。 自所の業法 (税理士法・社労士法・行政書士法・司法書士法・弁護士法 等) の守秘義務に照らして、 AI ベンダーに渡してよい範囲はどこまでか
- 監査ログ。 顧問先で 「誰がいつ何を入力したか」 を後から振り返れる仕組みをご提案できるか
- 出力の確認の流れ。 AI が事実と異なる出力をした場面で、 顧問先側で気付きやすい運用設計になっているか
経済産業省・総務省が公表している 「AI 事業者ガイドライン (第 1.0 版、 2024 年 4 月公表)」 は、 AI 開発者・AI 提供者・AI 利用者それぞれの役割を整理しています。 利用者として何を担保するかの参照点になります (出典: https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/connected_industries/sharing_and_using_data/aiguideline.html) 。 顧問先にガイドラインに沿った導入をご助言する立場であれば、 まず自所で一度通読しておく事務所もあります。
これらの確認の手順を、 自所のサービス提供時の標準のプロセスとして組み込んでおく、 という工夫もあります。 顧問先ごとに毎回ゼロから考えるのではなく、 ヒアリングシート・契約書ひな型・運用マニュアルにあらかじめ織り込んでおくと、 品質の安定にもつながります。
案件ごとに見直しておきたい論点
サービスを形にしていく途中で、 本稿では深く扱わなかったものの、 案件ごとに見直しておきたい論点を並べておきます。
- 賠償責任保険のカバー範囲。 自所の士業賠償責任保険が AI 関連の助言までカバーする内容になっているかは、 保険会社や契約条項によって異なります
- 誤回答事例の蓄積。 顧問先で起きた誤回答の事例を所内で共有していく仕組みがあるかどうかで、 同じ場面が複数の顧問先で繰り返されるかが変わってきます
- 提携先との責任分担。 実装を提携先にお願いする場面では、 どこまでをどちらが担うかを書面で握っておくと、 後で困りにくくなります
- 2 年目以降の単価の見え方。 初年度はパッケージでお引き受けして月額に移行した後、 3 年目以降の単価をどう維持するかは、 「顧問先側に何が残ったか」 によって変わってきます
顧問先からの相談がサービスメニューとして形になっていく場面では、 メニュー表に 1 行加える作業というより、 業務範囲・責任設計・契約条項・運用マニュアルを束ねた一つのプロジェクトとして組み立てていく形のほうが、 最初の数社で詰まりにくいようです。
参考
- 個人情報保護委員会 「生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等」 (2023 年 6 月 2 日公表): https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/
- 経済産業省・総務省 「AI 事業者ガイドライン」 関連ページ: https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/connected_industries/sharing_and_using_data/aiguideline.html
- 弁護士法 (第 72 条 等): https://laws.e-gov.go.jp/law/324AC0000000205
- 税理士法 (第 52 条 等): https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC0000000237
- 社会保険労務士法 (第 27 条 等): https://laws.e-gov.go.jp/law/343AC0000000089