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2026 / 06 / 17 ベストプラクティス

公的情報のみを参照する AI だけでは士業業務は回らない — 実業務で必要な四つのデータ範囲

Lead

国税庁・ASBJ・e-Gov などの公的情報のみを参照する AI は、 ハルシネーションを減らす点で有効ですが、 士業実業務の大半は公的情報の外側にあります。 業務に必要な四つのデータ範囲と、 それぞれに必要な AI 設計を整理します。

結論: 公的情報を参照する AI は便利ですが、 業務時間の大半は公的情報以外のデータを扱っています。 顧客固有情報、 業界慣行、 事務所内ルールに踏み込むには、 別の設計が必要になります。

「公的情報のみ参照」 という設計の意味

ここ数年、 公的情報のみを参照する AI チャットツールが士業向けに複数登場しています。 国税庁、 ASBJ (企業会計基準委員会)、 e-Gov 法令データなどから情報を引き、 質問に答える構造です。 「ハルシネーション (もっともらしい誤情報の生成)」 を構造的に抑制できる点で、 一定の有効性があります。

ただし、 こうしたツールが解決するのは士業業務の一部分にとどまります。 業務時間の内訳を実際に観測すると、 公的情報の参照が必要な作業は意外に少ないものです。 多くの時間は、 顧客固有の情報を読み解き、 業界の慣行に照らし、 事務所内のルールに従って判断する作業に使われています。 これらは公的情報の外側にあるため、 公的情報のみを参照する AI ではカバーされません。

本記事では、 士業業務に必要なデータを四つの範囲に分類し、 それぞれにどんな AI 設計が必要かを整理します。 公的情報 AI への批判ではなく、 業務全体を AI で支えるには何が追加で必要かを示すことを目的としています。

データ範囲 1 — 公的情報

最初の範囲は公的情報です。 国税庁の通達や Q&A、 ASBJ の会計基準、 e-Gov の法令データ、 最高裁判例、 各省庁のガイドライン、 業界団体の自主規制ルールなどが含まれます。 これらは外部公開されており、 出典が一次情報源として明確になっています。

この範囲を AI で扱う設計は、 RAG (検索拡張生成) で外部の公的データベースを参照させる構造が一般的です。 公的情報のみを参照する AI チャットツールは、 まさにこの範囲に特化しています。 業務時間の内訳でみると、 法改正への対応、 新規案件で前提となる法令確認、 所員教育などに使われる時間がここに該当します。 業務全体に占める割合は事務所によって 10-25% 程度であることが多いです。

データ範囲 2 — 業界慣行と判例集積

二つ目の範囲は業界慣行です。 法令や通達には書かれていないものの、 業界で当然のように共有されている判断パターン、 過去の指摘事例の集積、 ベテラン税理士・弁護士・社労士が暗黙的に持っている「こういう場合はこう動く」 という知識がここに含まれます。 例えば、 税務調査での指摘パターン、 顧問先業種別の典型的なリスク、 過去の判例における裁判官の判断傾向などが挙げられます。

この範囲は、 公的情報ではなく、 完全な事務所内固有情報でもない、 中間に位置するデータです。 業界誌、 判例集、 業界団体の会員向け資料、 セミナー資料、 ベテラン同士の情報交換から積み上がっています。 AI で扱うには、 これらの情報を事務所として整理し、 自社の RAG に取り込む必要があります。 公的情報のみを参照する AI ではカバーされません。

業務時間に占める割合は、 業界経験を必要とする判断業務全般で、 全体の 30-40% 程度を占めます。 ここに AI を入れられるかどうかが、 業務効率化の質に大きく影響します。

データ範囲 3 — 顧客固有情報

三つ目の範囲は顧客固有情報です。 顧客企業の試算表、 契約書、 議事録、 社内ルール、 業務フロー、 担当者間のやり取り、 過去の質問履歴などが含まれます。 これは公的情報でも業界慣行でもなく、 各顧客に固有のデータです。

この範囲を AI で扱うには、 顧客ごとにデータを分離する設計が必須となります。 顧客 A 社のデータが顧客 B 社の出力に混入すれば、 守秘義務違反となってしまいます。 したがって、 案件単位でのコンテキスト分離、 認証・権限管理・監査ログの基盤、 学習利用されない契約条件の AI サービス選定が前提となります。

業務時間に占める割合は、 顧問業務の中核として 30-50% を占めます。 顧問先の質問対応、 月次面談の準備、 提案文書のドラフト、 申告書チェックなどが該当します。 公的情報のみを参照する AI では、 この範囲は構造的に扱えません。 顧客固有情報を入力する想定がないからです。

データ範囲 4 — 事務所内ルールとノウハウ

四つ目の範囲は事務所内ルールとノウハウです。 事務所固有の業務フロー、 顧客対応の標準、 内部レビューの基準、 申告書の最終チェック手順、 ベテランから新人への暗黙的な引き継ぎ事項などが含まれます。 これは事務所ごとに大きく異なり、 同業他社が知ることはありません。

この範囲を AI で扱うには、 事務所として明文化されていない暗黙知を、 AI が参照可能な形に変換する作業が必要になります。 標準業務フロー文書を整備する、 過去の事例を構造化して蓄積する、 ベテランのレビュー基準をプロンプトに落とし込む、 といった作業を業務と並走して進めていきます。

業務時間に占める割合は、 教育・引き継ぎ・品質管理の文脈で 10-20% 程度を占めます。 ここに AI を入れると、 ベテランの判断パターンを所員全員が参照できるようになり、 新人の立ち上がり速度や品質の標準化に効いてきます。

四範囲を統合する AI 基盤

実業務を AI で支えるには、 四つの範囲を統合的に扱える基盤が必要になります。 公的情報、 業界慣行、 顧客固有情報、 事務所内ルールを、 同じ AI セッションの中で参照しつつ、 顧客ごとのデータ分離は維持する、 という設計を実装していきます。

具体的には、 次のような構造を採用することが多いです。 公的情報は外部の RAG サービスを呼び出す形で AI に渡します。 業界慣行は事務所として整理した RAG を用意します。 顧客固有情報は案件単位で分離された RAG に格納し、 担当チームのみがアクセス可能とします。 事務所内ルールは標準プロンプトとして AI セッションの初期コンテキストに組み込みます。

四つを別々に持つのではなく、 同じセッションで参照可能にすると、 AI の出力品質が大きく上がります。 例えば、 顧問先 A 社からの質問に対して、 関連する法令 (公的情報)、 業界の判断パターン (業界慣行)、 A 社の過去の状況 (顧客固有)、 自事務所の対応標準 (事務所内ルール) を同時に参照したうえで回答ドラフトを作る、 ということが可能になります。

この統合は技術的に難しいわけではないものの、 業務理解と設計の両方が必要になるため、 一般的な SaaS では提供されていません。 ShigyoAI が伴走で実装している領域が、 まさにここです。

どう使い分けるか

公的情報のみを参照する AI チャットツールが不要というわけではありません。 法改正対応や所員教育の場面では、 これらのツールが効率を上げてくれます。 月額数千円から始められる点も負担が小さく、 試験導入のハードルは低いといえます。

一方で、 顧問業務の中核である顧客固有情報の取扱いと、 事務所内ノウハウの活用は、 公的情報 AI では対応できません。 これらを AI で支えるには、 業務フローへの統合と基盤整備が必要となります。

実際の運用では、 所員が日常質問で公的情報 AI を使いつつ、 業務全体の再設計は伴走型コンサルと進める、 という併用が現実解になります。 両者は競合ではなく、 業務階層が異なる別サービスとして組み合わせるのが望ましい姿です。 同名のサービスがあって紛らわしいのですが、 公的情報 SaaS と FDE 型コンサルの位置付けは 「士業AI」 と「士業AI」 — 名前が同じ二つのサービスの違いと選び方 で整理しています。

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Author · 著者

中 翔

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