所員 8 名・顧問先 60 社の税理士事務所を例に
所員 8 名、 顧問先 60 社、 申告期は所員全員が深夜まで残る、 という規模感の税理士事務所を仮に置きます。 所長が「来年こそ AI を入れたい」と決め、 IT 担当を兼ねた職員に検討を任せました。 担当者は ChatGPT の有料プランを契約し、 所内で使えるツールとしてアナウンスしました。 三か月後、 所内で日常的に AI を使っているのは担当者一人だけ、 という状態になっていました。
このケースで最初に欠けていたのは、 ツール選定ではなく「うちの事務所のどの業務に、 どの順番で当てるか」の判断軸です。 機能カタログを読み比べる前に、 自所の業務フローを棚卸しし、 「最初の 1 本」を選び出す基準を持っておく必要があります。 本稿ではその基準と、 士業別の典型的な候補、 つまずきやすいパターンを整理していきます。
なお本稿は 2026 年 2 月時点で公開されている一次情報をもとにしています。 AI 関連の制度・ガイドラインは更新が速いため、 実際の導入判断時には最新版で再確認することをおすすめします。
同じ構図は、 弁護士事務所や社労士事務所でも起こり得ます。
ツールを配っただけで 「どの業務に使うか」 の設計が伴っていなければ、 定着しないという結果は業種を問わず共通しています。
最初の業務を選ぶ 3 つの基準
最初に着手すべき業務は、 次の 3 点で機械的にスコア化できます。
定型度 手順が文書化できる、 または毎回ほぼ同じ流れで進む業務であることが望ましいです。 「ベテランの暗黙知に依存している」「案件ごとに進め方が変わる」 業務は、 最初の対象としては避けたいところです。 AI に任せたい部分のインプットとアウトプットが、 言葉で説明できる状態であることが目安になります。
頻度 週に何度も発生する業務ほど、 AI 導入の効果が累積していきます。 年に数回しか発生しない業務は、 仕組み化のコストに対して回収しにくいと言えます。 「毎週何時間使っているか」 を所員に聞き取り、 上位を抽出するのが現実的です。
守秘要件の低さ クライアントの個人情報・財務情報・係争情報・健康情報を含む業務は、 最初の対象として適切でないケースが多くなります。 個人情報保護委員会は生成AIサービスに個人情報を入力する場合の留意事項を公表しており、 機微情報を含む業務は別途設計が必要になります。
3 つの基準を「定型度・頻度・守秘要件の低さ」のスコアで採点し、 上位の業務から検討します。 採点は職員数名で別々に行い、 結果を突き合わせると、 所内の認識ずれが可視化されて副次的な効果も出てきます。
この 3 基準そのものは士業の種別を問わず共通ですが、 実際に高得点になる業務の中身は、 税理士・弁護士・社労士でそれぞれ異なります。
次章で、 士業別の具体的な候補を見ていきます。
士業別の典型的な候補
事務所種別ごとに、 3 基準を満たしやすい業務の例を整理します。 あくまで候補であり、 各事務所の実態に応じて要確認の前提でご覧ください。
税理士事務所
- 顧問先からの定型問い合わせへの一次返信ドラフト
- 月次試算表のコメント文の叩き台 (数値は渡さず、 傾向テンプレ文だけ生成する設計が安全です)
- 改正情報の社内向け要約
社労士事務所
- 助成金の公開情報からのチェックリスト抽出
- 就業規則改定の論点整理 (具体事業者情報は入れない範囲で)
- 給与計算の確認手順のマニュアル化補助
弁護士事務所
- 定型契約書 (秘密保持契約・業務委託契約など) のチェックリスト照合による一次レビュー
- 判例・法令データベースの検索補助 (最終的な引用の真正性は一次資料で必ず確認する前提です)
- 顧客向け説明文・受任前説明資料の平易化
行政書士・司法書士事務所
- 申請書類の記載要件チェックリスト適用 (人名・住所などは伏せた状態で論理チェックのみ行います)
- 公開情報からの根拠条文の検索・要約
- 顧客向け説明文の平易化
共通して候補になりやすいもの
- 議事録の構造化 (録音データを外部送信してよいかは別途要確認です)
- 過去 FAQ の分類・整理
- 社内マニュアル・手順書のたたき台作成
特に「顧問先からの問い合わせの一次返信ドラフト」 と「申請書類のチェックリスト適用」 は、 定型度と頻度が高く、 個人特定情報を伏せれば守秘要件もコントロールしやすくなります。 見落とされやすいですが有力な候補として整理しておきたいところです。
弁護士事務所については、 個別受任の性質が強く定型業務の絶対量が少ないため、 「候補が見つからない」 という声が出やすい傾向があります。
それでも契約書レビューのように、 頻出条項の抜け漏れチェックという工程だけを切り出せば、 定型度と頻度をそれなりに確保できるケースが多く見られます。
「業務全体を AI に任せる」 のではなく、 「工程の一部だけを切り出す」 という発想に切り替えることが、 弁護士事務所で最初の 1 本を見つける鍵になります。
士業別「最初の1本」の判断基準を数値で見る
ここまでで紹介した 3 基準は、 それぞれ 5 段階 (1〜5 点) で採点すると具体的な比較がしやすくなります。
定型度・頻度・守秘要件の低さをそれぞれ 5 点満点で採点し、 合計点が高い業務から着手する、 というのが基本のルールです。
ここでは税理士・弁護士・社労士の 3 業種について、 候補になりやすい業務と避けたい業務を、 実際に点数を当てはめて比較します。
税理士事務所では、 「月次試算表のコメント文の叩き台作成」 が定型度 4 点・頻度 5 点・守秘要件の低さ 3 点で合計 12 点になります。
対して 「個別の税務相談への一次回答」 は定型度 2 点・頻度 2 点・守秘要件の低さ 1 点で合計 5 点にとどまります。
数値化すると、 どちらを先に着手すべきかが感覚でなく点数で示せるようになります。
弁護士事務所では、 「定型契約書のチェックリスト照合」 が定型度 4 点・頻度 3 点・守秘要件の低さ 3 点で合計 10 点になります。
一方 「個別相談案件への一次回答」 は定型度 1 点・頻度 2 点・守秘要件の低さ 1 点で合計 4 点です。
弁護士事務所は他の 2 業種に比べて満点に近い候補が出にくい傾向がありますが、 それでも相対的に高い業務から着手するという考え方自体は変わりません。
社労士事務所では、 「助成金の公開情報からのチェックリスト抽出」 が定型度 5 点・頻度 3 点・守秘要件の低さ 4 点で合計 12 点になります。
対して 「個別の労務相談への一次回答」 は定型度 2 点・頻度 3 点・守秘要件の低さ 1 点で合計 6 点です。
社労士事務所は手続き系の業務が多いため、 定型度が高く出やすい傾向があります。
| 士業種別 | 候補になりやすい業務 | 避けたい業務 | 候補の合計点差 |
|---|---|---|---|
| 税理士事務所 | 月次試算表コメント文の叩き台 (12 点) | 個別税務相談への一次回答 (5 点) | 7 点差 |
| 弁護士事務所 | 定型契約書チェックリスト照合 (10 点) | 個別相談案件への一次回答 (4 点) | 6 点差 |
| 社労士事務所 | 助成金チェックリスト抽出 (12 点) | 個別労務相談への一次回答 (6 点) | 6 点差 |
3 業種に共通するのは、 「候補になりやすい業務」 と「避けたい業務」 の点差が、 おおむね 6〜7 点程度開くという傾向です。
点差が 2〜3 点程度しか開かない場合は、 どちらを選んでも大きな差が出にくいため、 所内の合意形成のしやすさを優先して選んでよいと考えられます。
逆に点差が大きく開いている場合は、 低い方の業務を最初の対象にすることを避ける、 という判断がしやすくなります。
この採点方法はあくまで簡易な目安であり、 実際の点数は事務所ごとの業務量・体制によって変動します。
重要なのは絶対的な点数そのものより、 「どの業務とどの業務を比べて、 どちらを先にするか」 を、 感覚ではなく言語化された基準で決める、 という手順を所内に残しておくことです。
点数化のフォーマットは、 Excel やスプレッドシートで 「業務名・定型度・頻度・守秘要件の低さ・合計」 の 5 列を用意するだけで十分に機能します。
複雑な採点ツールを別途導入する必要はなく、 むしろシンプルな表のほうが、 所内で更新・共有しやすくなります。
この表自体を、 半年に一度の見直しのたびに更新していく運用にしておくと、 「次の 1 本」 を選ぶときにも同じ表をそのまま使い回せます。
この表を管理する担当者を 1 名決めておくと、 「誰が更新するか曖昧で放置される」 という事態を避けやすくなります。
担当者は所長である必要はなく、 むしろ現場の業務量を把握している中堅職員が向いているケースが多く見られます。
担当者を決める際も、 「AI に詳しいから」 ではなく 「業務全体を把握しているから」 という基準で選ぶことをお勧めします。
AI導入の「最初の1本」は税理士・弁護士・社労士で変わるのか
結論から言うと、 3 基準 (定型度・頻度・守秘要件の低さ) というものさし自体は共通です。
ただし、 ものさしに当てはめたときに高得点になりやすい業務は、 事務所種別によって傾向が変わります。
税理士事務所と社労士事務所は、 申告書類・届出書類など反復性の高い定型書類作成業務が業務全体に占める比率が高い傾向があります。
そのため、 3 基準で高得点になる候補が複数見つかりやすくなります。
一方で弁護士事務所は、 個別受任・個別相談の比率が高く、 「毎回進め方が変わる」 業務が相対的に多い傾向があります。
その結果、 高得点の候補が絞られやすくなります。
だからといって、 弁護士事務所が AI 導入で不利というわけではありません。
候補が少ない分、 「契約書レビューの一次チェック」 のように工程を細かく切り出す発想に早く切り替えられれば、 むしろ迷いなく最初の 1 本を決めやすいという側面もあります。
税理士事務所や社労士事務所のように候補が複数出る場合は、 逆に「どれから手をつけるか」 で足踏みしがちです。
その場合は、 3 基準のスコアリングで機械的に優先順位をつける価値が相対的に高くなります。
事務所種別によって最初に見るべき業務そのものは変わりますが、 「最初の 1 本を選ぶための手順」 は変わりません。
3 基準で採点し、 点差を確認し、 4 分解して人間に残す部分を決める、 という流れは士業の種別を問わず共通して使えます。
同じ士業の中でも、 事務所の得意分野によって候補はさらに変わります。
弁護士事務所の中でも、 企業法務中心か家事事件中心かによって、 候補になりやすい業務は変わります。
企業法務中心の事務所であれば、 契約書レビューや利用規約チェックのような定型書面が多く、 3 基準で高得点になりやすい候補が見つかります。
家事事件・刑事事件中心の事務所であれば、 個別性の高い相談が中心になるため、 「議事録の構造化」 のような周辺業務から着手する方が現実的なケースが多くなります。
税理士事務所も、 記帳代行を多く受託しているか、 税務顧問中心かによって候補が変わります。
記帳代行中心の事務所であれば、 仕訳データのチェックや異常値検知のような定型処理が候補になりやすくなります。
税務顧問中心の事務所であれば、 本稿で挙げた月次コメント文の叩き台作成のような、 顧問先とのコミュニケーションに関わる業務が候補になりやすくなります。
社労士事務所も、 手続き代行中心か、 労務相談・顧問中心かで候補が変わります。
手続き代行中心の事務所であれば、 本稿で挙げた助成金チェックリスト抽出のような公開情報ベースの業務が候補になりやすくなります。
労務相談中心の事務所であれば、 過去の相談記録を匿名化した上での FAQ 化が候補になりやすくなります。
業務フローの 4 分解と例外の扱い
業務を AI に任せるかどうかを判断するには、 フローを 4 段階に分解するのが扱いやすいやり方です。
- インプット: 誰から、 どんな形式 (メール・電話・紙) で、 何が入ってくるか
- 処理: その情報をどう加工・判断・参照するか
- アウトプット: 誰に、 どんな形式で渡すか
- 例外: 通常フローから外れるパターンと、 その分岐条件
この 4 分解をしたうえで、 「処理」のうち判断が定型化できる部分だけを AI に切り出す、 というのが破綻しにくいやり方の一つです。 インプットとアウトプットには個人情報が乗りやすいため、 AI に渡す前に伏せる・抽象化する工程を挟む設計が安全と考えられます。
例外パターンの洗い出しは丁寧に行う価値があります。 「相続が絡んだ場合」「外国籍の顧客の場合」「滞納がある場合」など、 通常フローから外れる条件を AI に判断させると想定外の挙動が起きやすくなります。 例外検知だけは人間に残す設計が現実的です。
逆に、 最初に選ぶと事故が起きやすい業務もあります。 個別具体の税務相談・法律相談への一次回答 (顧問先情報を含み、 判断ミスが顧客に直接影響します)、 契約書の最終チェック (最終責任は士業本人に残るため、 AI に置き換えると責任所在が曖昧になります)、 損害賠償・係争に関する文書 (機微度が高くなります)、 新人教育の代替 (もっともらしい誤答が混ざります)、 このあたりは「便利そうだから」で選ぶと事務所の信頼を毀損する経路につながりやすいです。
業種別に見ると、 事故が起きやすい典型パターンにも違いがあります。
税理士事務所では、 顧問先ごとに適用が分かれる特例 (消費税の軽減税率対象品目の判断など) を、 汎用チェックリストだけで判断させようとすると、 個別事情を見落とすリスクが高まります。
弁護士事務所では、 契約書チェックリストを機械的に運用しすぎると、 リストに載っていない特殊条項を見落とすリスクがあります。 チェックリストは網羅性を保証するものではなく、 「よくある見落とし」 を減らす補助として位置づけるのが安全です。
社労士事務所では、 助成金の要件が年度や地域によって変わるため、 チェックリストの更新頻度をあらかじめ決めておかないと、 古い要件のまま案内してしまうリスクがあります。
「叩き台作成」 と「最終チェック」 を別物として扱う、 という線引きも実務上は機能します。 叩き台は L1〜L2 (候補提示・下書き生成) として AI に切り出してよいのですが、 最終チェックは士業本人の責任工程として残します。 同じ業務名であっても、 工程によって AI に任せる比率が異なる、 という前提を共有しておきたい場面です。
具体例で 4 分解を見ておきます。
弁護士事務所の 「契約書チェックリスト照合」 であれば、 インプットは顧客からメール添付で届く契約書ドラフトです。
処理は条項ごとにチェックリストと突き合わせて、 欠落条項や不利な条件をハイライトすることです。
アウトプットは担当弁護士向けのチェック結果メモ、 例外は外国語契約書やクロスボーダー案件を対象外として人間に回す、 という整理になります。
社労士事務所の 「助成金チェックリスト抽出」 であれば、 インプットは厚生労働省・都道府県の公開情報です。
処理は自事務所の顧問先属性に照らして、 該当しそうな助成金を抽出することです。
アウトプットは担当者向けの候補一覧、 例外は申請要件の解釈が分かれる制度を対象外として人間の確認に回す、 という形になります。
税理士事務所の 「月次試算表コメントの叩き台作成」 であれば、 インプットは会計システムから出力される月次試算表の数値データです。
処理は数値そのものではなく、 増減の傾向を定型テンプレート文に当てはめることに限定します。
アウトプットは担当者が確認してから顧問先に送る試算表コメントの下書き、 例外は大幅な異常値が出た月を対象外として税理士本人が個別に文章を作成する、 という整理になります。
3 業種の例に共通するのは、 「処理」 の入力を数値そのものや固有名詞そのものではなく、 傾向や条件に置き換えている点です。 「例外は人間に残す」 という設計方針も、 3 つの例に共通しています。
実務では、 インプットを AI に渡す前に、 氏名・住所・法人名・金額を一時的な記号に置き換える 「マスキングシート」 を用意しておくと運用しやすくなります。
マスキングは Excel や Google スプレッドシートで、 元データと記号の対応表を作業者だけが見られる形で管理するのが現実的です。
AI から返ってきた出力を、 対応表を使って元の固有名詞に戻す作業も、 最初のうちは人間が必ず確認する工程として残しておきます。
マスキング表そのものが機密情報になるため、 AI サービスとは別の、 アクセス権限を絞った保存場所に置くことも忘れないようにします。
守秘義務・規約の点検観点
士業が AI を業務利用する場合、 個人情報・守秘義務の論点は避けて通れません。 個人情報保護委員会は 2023 年 6 月 2 日付で「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」を公開しており、 生成AIへの個人情報入力に関する留意事項を明示しています。 2025 年 2 月 3 日には DeepSeek に関する情報提供も出されており、 特定サービスごとに別途確認が必要なケースもあります。
実務上、 最低限押さえておきたい論点は以下に集約されます。
- 入力データの学習利用: AI サービスが入力内容を学習に再利用するかを、 規約レベルで確認します
- 保存場所・国: データがどの国のサーバに保存されるか。 国外保存の場合は、 顧問契約上の取り扱いを別途検討します
- アクセス権限: 事務所内で誰が AI を使えるかを限定します。 アカウント共有は監査ログが追えなくなるため避けたいところです
- ログ保全: いつ・誰が・何を入力したかの記録を残せる設計にしておきます
- 守秘義務との整合: 顧問契約・委任契約で守秘義務を負っている情報を、 第三者サービスに送信してよいかを契約レベルで確認します
これらを曖昧にしたまま導入を進めると、 効率化のメリットより情報漏えい・契約違反のリスクのほうが先に立ってしまいます。
事務所内のルール文書は、 A4 で 1〜2 枚程度のラフな形でも機能します。 完璧な規程を一度に整えようとすると、 着手のハードルが上がって運用開始が遅れてしまいます。 まずは「使ってよいツール」「使ってはいけないツール」「入れていい情報」「入れてはいけない情報」 の 4 項目だけを明文化することから始めるのが、 中小事務所では現実的だと考えられます。 半年に一度、 公開された注意喚起や規約改定を踏まえて更新するサイクルを入れておくと、 文書の陳腐化も避けやすくなります。
守秘義務の中身も士業によって性質が異なります。
弁護士には弁護士法上の秘密保持義務があり、 相談内容そのものが高度な秘匿性を持ちます。
社労士が扱う情報にはマイナンバーや健康情報が含まれることがあり、 個人情報保護法上の要配慮個人情報に該当するケースがあります。
税理士が扱う財務情報は、 数値そのものの機微度が低く見えても、 取引先名や役員報酬など組み合わせによって推知性が上がる情報が含まれます。
「守秘要件の低さ」 を採点する際は、 情報の種類だけでなく、 組み合わせによる推知性も考慮に入れておく必要があります。
契約前のチェック項目として、 利用規約や DPA (データ処理契約) に 「学習利用の有無」 「保存期間」 「削除申請の可否」 が明記されているかを、 担当者がスクリーンショットで残しておくことをお勧めします。
規約は改定されることがあるため、 導入時点のスクリーンショットを日付付きで保存しておくと、 後から 「導入時はこうだった」 と確認できる材料になります。
この確認作業自体も、 最初の 1 本に着手する前の準備工程として、 スケジュールに組み込んでおくと抜け漏れが減ります。
自所への適用ステップ
冒頭の所員 8 名事務所を例に、 「最初の 1 本」 を決めるまでの動き方を 3 ステップで置いてみます。
ステップ 1: 業務時間棚卸し (所員全員・30 分 × 2 回) 所員それぞれに、 直近 1 か月で「これ毎週やってる」 と感じる業務を 3 つずつ書き出してもらいます。 名前は出さず、 業務名と推定時間だけを集めます。 結果は会議室のホワイトボードに並べます。
ステップ 2: 3 基準スコアリング (担当者と所長で 1 時間) 出てきた業務候補に、 定型度・頻度・守秘要件の低さを 5 段階で採点します。 採点は担当者と所長で別々に行ってから突き合わせます。 ずれが出た業務は、 そもそも業務理解が共有されていない可能性が高いと言えます。
ステップ 3: 4 分解と「人間に残す部分」の言語化 (担当者と当該業務の担当所員で 1 時間) スコア上位 2〜3 業務について、 インプット・処理・アウトプット・例外を分解します。 「処理」 のうち AI に切り出せる部分と、 「例外」 のうち人間に残す部分を、 文書として残しておきます。 文書化を急がず、 翌週に再度見直す時間を確保しておきます。
このプロセスを経ずにツール選定から入ると、 「契約したけど誰も使わない」 状態に逆戻りしてしまいます。 ツール選びより前にやるべき設計作業がある、 という認識を所内で共有することが、 最初の 1 本を機能させる足場になります。
事務所種別によって、 棚卸しのタイミングにも工夫の余地があります。
税理士事務所は申告期に業務量が集中するため、 繁忙期と閑散期の両方で棚卸しを行うと、 「繁忙期だけ発生する業務」 を見落とさずに済みます。
社労士事務所は算定基礎届や労働保険の年度更新など、 提出時期が集中する手続きがあるため、 その時期に合わせて棚卸しのタイミングを調整すると精度が上がります。
弁護士事務所は受任案件ごとの繁閑差が大きいため、 特定の月だけを見て判断すると偏りが出やすくなります。
複数月にまたがって業務時間を記録しておくことが望ましいです。
冒頭の税理士事務所で実際にステップ 1 を行うと、 「月次試算表のコメント文作成に週 6 時間」 「顧問先からの問い合わせ対応に週 8 時間」 「改正情報の要約作成に週 2 時間」 といった候補が挙がることが多く見られます。
ここに 3 基準を当てはめると、 コメント文作成と問い合わせ対応は定型度・頻度ともに高く、 改正情報の要約作成は頻度がやや低いため優先順位が下がります。
守秘要件の低さで絞り込むと、 顧問先固有の情報を含む問い合わせ対応より、 傾向を扱うだけのコメント文作成のほうが先に着手しやすい、 という判断になります。
この絞り込みの流れこそが、 「所長の勘」 でも 「担当者の思いつき」 でもなく、 所内で共有できる判断根拠になります。
弁護士事務所・社労士事務所でも同じ流れをたどれば、 「候補が少ない」 「どれも似たり寄ったりに見える」 という迷いを、 数値の突き合わせによって解消しやすくなります。
所内合意を得るための共有方法としては、 スコアリング結果を 1 枚の表にまとめ、 15 分程度の短い会議で 「なぜこの業務が上位に来たか」 を口頭で説明する場を設けるのが現実的です。
結果だけを見せるより、 採点の根拠を一言添えるほうが、 現場の納得感につながりやすいと考えられます。
点数が同じ、 または僅差になった場合の判断基準もあらかじめ決めておくと迷いが減ります。
筆者が観察してきた範囲では、 同点の場合は 「導入のハードルが低い方 (例: 既存ツールで既に近い作業をしている方)」 を優先する、 という判断がよく採用されています。
点数だけに頼りきらず、 所内の実感とすり合わせながら最終決定する、 というのが現実的な運用です。
「最初の 1 本」 の運用を始めた後は、 1 か月後を目安に簡単な振り返りを行うと定着しやすくなります。
振り返りの観点は、 想定していた工数削減が実際に出ているか、 例外パターンの見落としが起きていないか、 の 2 点に絞ると負担が小さくて済みます。
うまくいけば次の候補業務へ、 うまくいかなければ 4 分解のどこに無理があったかを見直す、 というサイクルを回していきます。
最初の 1 本がうまく回り出すと、 「次はどの業務にするか」 という会話が所内で自然に生まれるようになります。
このサイクルが立ち上がった事務所ほど、 AI 活用が担当者一人に閉じず、 所内全体に広がっていく傾向が見られます。
逆に、 最初の 1 本を選ぶ工程を省略した事務所ほど、 「ツールはあるが誰も使わない」 という状態に留まりやすいというのが、 本稿で繰り返し述べてきた構図です。
参考
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」 (2023年6月2日公開): https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/
- 個人情報保護委員会「DeepSeekに関する情報提供」 (2025年2月3日公開): https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/250203_alert_deepseek/
- IPA「DX動向2025」 (2025年6月26日公開): https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/index.html
- 経済産業省・総務省「AI事業者ガイドライン」関連審議会 (公開日は版ごとに要確認): https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/ai_network/02ryutsu20_04000019.html