士業事務所でAIの使い方を考えるとき、話はたいてい「何を、どう渡すか」に向かいます。今回は角度を変えて、そもそも生成AIを使う必要がない部分の話をします。
守秘義務の観点からいえば、いちばん確実なのは「渡さないこと」です。そして、渡さずに済む業務は、思っているより広く残っています。
なお本記事は業務の組み立て方についての一般的な整理であり、個別事案の判断を代替するものではありません。最終的な適用判断や依頼者への助言は、実際には有資格者が行う前提で読み進めてください。
期限・要件の確認は、数えれば決まる部分から切り出す
いくつか例を挙げます。
- 時間外労働・休日労働に関する協定届 (36協定) について、協定書に記載された有効期間の満了日までの残日数
- 就業規則の作成・届出義務の有無 (常時使用する労働者数による / 労働基準法第89条)
- 申告・届出の提出期限までの残日数 (事業年度と、申告期限の延長特例の承認状況が分かれば機械的に決まるもの)
- 許認可申請の形式チェック (様式の記入漏れ・法令に列挙された添付書類の有無)
これらに共通するのは、日数を数える・書類の有無を突き合わせる・条文に列挙された項目と照合する、という機械的な作業だということです。要件に当てはまるかどうかの最終判断は、行政庁の評価が入る部分も含めて有資格者が行います。ここで言いたいのは、その手前にある「数えれば済む部分」まで生成AIに預ける必要はない、ということです。
計算で決まることに生成AIを使うと、次のことが起きます。
- 入力した情報を外部に送ることになる
- 答えが毎回同じとは限らなくなる
- 間違っていたとき、なぜそうなったかを追えない
利点がないまま、リスクだけが増えます。
数えるだけでは決まらないもの
一方で、上の例の周辺には、数えるだけでは決まらない部分が隣接しています。四つ挙げておきます。
第一に、許認可では、形式チェックの外側に欠格事由の判断があります。そこには「心身の故障により建設業を適正に営むことができない者として国土交通省令で定めるもの」「暴力団員等がその事業活動を支配する者」(建設業法第8条第10号・第14号) のように、行政庁の評価を前提とした要件が含まれ、コードで判定できる部分ではありません。日付で判定できるもの (不正手段による許可取得や営業停止処分違反等を理由とする許可取消しの日から5年を経過しているか。建設業法第8条第2号。同法第29条第1項第7号・第8号による取消しに限られます) とは、切り分けて考える必要があります。
第二に、36協定の有効期間の長さは、法令が一律に定めているのではなく、労使が協定で定める事項です (労働基準法施行規則第17条第1項第1号)。対象期間が1年に限られるため有効期間は原則として最短1年ですが、1年を超える定めも可能です。また、届出そのものに法定の期日はなく、届出前の時間外労働が違法になるという形で効力要件になっています (労働基準法第36条第1項)。したがってコードで計算できるのは「協定書に書かれた満了日までの残日数」であって、「有効期間そのもの」ではありません。
第三に、労働基準法第89条は「常時十人以上の労働者を使用する使用者」に就業規則の作成・届出を義務づけています。条文はここまでで、この人数を事業場ごとに数えるという取扱いは、行政解釈 (昭和47年9月18日発基第91号ほか) によるものです。事務所全体で30名でも、各拠点がそれぞれ独立した事業場と認められ、かつ10人未満であれば、原則として義務は生じません。ただし規模が著しく小さく独立性のない出張所等は、直近上位の事業場と一括して判断されます。さらに、この10人は出勤者数ではなく常態として使用している人数で、パート・アルバイトも含みます。繁忙期だけ10人を超えるような場合は含めないため、誰を数に入れるかの段階にも判断が入ります。
第四に、申告期限も、延長の特例を受けているかどうかで変わります (法人税法第75条の2)。承認の有無と指定された月数が分かれば残日数は機械的に出ますが、その特例を申請すべきかどうかの判断は人の側に残ります。
期限判定を生成AIに任せて間違えた話
自社で作った36協定の期限確認機能では、期限判定を生成AIに任せていた時期がありました。そのとき、すでに満了している協定について「残り61日・様子見でよい」という趣旨の回答が返ったことがあります。
原因は単純で、モデルに今日の日付を渡していなかったためです。文章としては筋が通っており、読んだだけでは誤りに気づけません。
対処は、日付の計算をコード側に移すことでした。今日から満了日までの日数を計算し、その結果を文章にするだけの役割を生成AIに残しました。判定そのものをモデルに行わせる経路を外したので、判定を誤る形での再発は起きません。
教訓ははっきりしています。数えられるものを、推論に任せない。
業務を3つに分ける
AIに載せる前に、業務を3つに分けます。コードで計算する部分、生成AIに任せる部分、そして有資格者が判断する部分です。
| 部分 | 担当 | 理由 |
|---|---|---|
| 残日数の計算・書類の有無の突き合わせ・条文に列挙された項目との照合 | コードによる計算 | 数えれば決まる。毎回同じ答えが出る必要がある |
| 依頼者への案内文・報告文の作成 | 生成AI | 文体・言い回しは決まっていない。ここは得意分野 |
| 要件に当てはまるかどうかの最終判断・行政庁の評価が入る部分 | 有資格者 | 条文の当てはめと、責任の所在が人にある |
自社の業務ツールに載せた3つの機能で、実際にどう分かれたかを書いておきます。
破産申立ての書類チェックは、生成AIを一度も呼びません。判定も書類の突き合わせもコードで完結するため、入力された内容が生成AIに渡ることはなく、応答も速く、費用もかかりません。
就業規則変更届も、届出義務の判定と必要書類の一覧はコードで完結します。文章から値を読み取る補助機能だけは生成AIを使う作りですが、精度の確認中で、まだ利用者には開放していません。開放したときは、貼り付けた文章が生成AIに渡ります。
36協定の期限確認は、前節のとおり判定をコードで行い、案内文の作成に生成AIを使っています。
「AIを使う」と決めた瞬間に全部をAIに通してしまいがちですが、使わない部分を最大化する方が、業務としては扱いやすくなります。
生成した文章の検査項目
生成AIに文章を作らせる部分についても、そのまま出さない作りにしています。
作らせた文章が、次を満たしているかを機械的に検査します。
- 想定した件数と一致しているか (2件分を頼んだのに1件にまとめていないか)
- 他の案件の内容が混ざっていないか (割り当てていない事業場に言及していないか)
- 頼んでいない日付・連絡先を作り出していないか
- 別の話題にすり替わっていないか (36協定の案内文なのに、協定・届出・再締結のどれにも触れていない)
検査を通らなければ、その文章は捨てて定型文に切り替えます。 切り替わったことは画面で分かるようにしてあります。
ただし、この検査で拾えるのはあらかじめ形を決められるものだけです。想定していない形の誤りは通り得ます。生成を使う以上、ここはゼロにはなりません。
そのうえでの整理として、「AIが変なことを言ったらどうするのか」への答えは、言わせないようにすることではなく、言ったものを、決めておいた形の範囲で外に出さないことだ、と考えています。
事務所での進め方 — まず一つの業務を3つに仕分けてみる
いま担当している業務を一つ選んで、下の3つに仕分けてみてください。これが最初の一歩です。
- 数えれば答えが出る部分 — ここは計算に移せます
- 文章の体裁を整えるだけの部分 — ここは生成AIが向きます
- 専門家の判断が要る部分 — ここは人が担当します
自社で同じ仕分けをしたときは、1が想定より多く、2は想定より少ない、という結果でした。1が多いほど、外部に送る情報は減ります。 残った2も、渡す範囲がはっきりしている分だけ迷わず使えるので、仕分けが済んだ業務から順に着手できます。
参考
- 労働基準法 (e-Gov法令検索)
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049 - 労働基準法施行規則 (e-Gov法令検索)
https://laws.e-gov.go.jp/law/322M40000100023 - 建設業法 (e-Gov法令検索)
https://laws.e-gov.go.jp/law/324AC0000000100 - 法人税法 (e-Gov法令検索)
https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000034 - 厚生労働省労働基準局「改正労働基準法に関するQ&A」(平成31年4月)
https://www.mhlw.go.jp/content/000487097.pdf - 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン」Ver1.2 (2026-03-31公表)
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/ai_network/02ryutsu20_04000019.html
いずれも2026-08-05確認時点のものです。最新の条文・版数は各リンク先でご確認ください。