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2026 / 05 / 12 事例

AI予算を組み直すときに見直しておきたい配分の偏り

Lead

士業事務所でAI予算を組むときに、ライセンスだけが大きくなって実装・運用・教育が空欄のまま、という配分の偏りを見直す視点をご紹介します。

ある中規模の士業事務所で、年度初めに「AI 導入予算 100 万円」を承認した、というお話を伺ったことがあります。所長の方としては、全所員 10 名に ChatGPT Team を配って、補助業務を圧縮できれば、というイメージで通されたそうです。半年後に状況をお聞きすると、現場の手応えはほぼ感じられない、とのことでした。ライセンスは配ったものの、誰がどう使えばよいか分からない、顧問先のデータを入れてよいかも判断がつかない、結局は所内向けの文章校正にしか使われていない、という状態だったそうです。月数万円の固定費だけが流れていく、というお話でした。

こうした場面で起きているのは、技術や製品の側の問題ではなく、予算の配り方の側の問題のように見えます。AI 予算の成否は金額の大小よりも、ライセンス・実装・運用・教育という 4 つの区分にどう配ったかで変わってくる傾向があります。区分そのものの定義や内訳は、別記事「士業事務所のAI導入費用は何にかかるのか」で扱っています。本稿では、その 4 区分を前提に、配分が偏ったときに現場で起きやすいことと、見直しの目安をお伝えします。

配分が偏ったときに起きやすいこと

ご相談の場で伺っていると、配分の偏り方にはいくつかの似たパターンが見えてきます。自所の予算書を眺めたときに、どれかに極端に寄っていないかを確認する材料として、並べてみます。

パターン現場で起きていること見えやすくなる時期
ライセンスに寄っているライセンスに 8 割以上、他はほぼ計上なし導入 3〜6 か月後の利用率の低下
教育が薄い研修・ガイドライン・FAQ に予算が無い導入直後〜3 か月の出力品質のばらつき
運用が積まれていない管理者工数・ログレビュー・退職者処理が予算化されていない半年〜1 年後のアカウント残存・ログ凍結
監査が薄い個情・守秘・外部送信設定の点検予算が無いインシデントの発生時

ライセンスに寄っているとき

予算の 8 割以上がライセンス料に割り当てられていて、実装・教育・運用の項目がほとんど計上されていない、という状態です。「ChatGPT Team や Microsoft 365 Copilot を全員に配れば、現場が自然に使い始めてくれる」という想定で設計された予算書で出てきやすい形です。実際には、全員に配って 3 か月後の利用率が 2 割程度にとどまり、使っている方もメールの下書きにしか使っていない、というお話を伺うことがあります。ライセンスは年間契約で更新時期まで止められないことが多く、コストだけが流れ続ける形になりやすいです。

教育が薄いとき

ライセンスと実装には予算をかけているものの、所員向けのプロンプト研修・利用ガイドライン作成・FAQ 整備に予算がついていない、という状態です。情報処理推進機構(IPA)の DX 白書 2023 でも、日米の比較で「人材」が DX 推進の主要な課題として整理されています1。教育予算を入れずに展開した事務所では、ベテランの方は自己流で使いこなす一方で、若手の方は何を聞けばよいか分からず、所員ごとに出力品質がばらつき、レビュー側の負担がむしろ増える、という流れになりやすいです。

運用が積まれていないとき

AI アカウントの管理者の方、利用ログのレビューを担当する方、退職者アカウントの停止フロー、モデル変更時の影響確認など、運用に必要な工数が予算化されていない状態です。導入直後は問題が見えにくいのですが、半年から 1 年が経った頃に「誰のアカウントか分からないものが残っている」「ログを見ようにも誰が見るか決まっていない」という形で出てくることが多いようです。インシデントが起きてから運用設計に手を付けることになると、是正に必要なコストは初期予算の数倍に膨らみやすくなります。

監査が薄いとき

個人情報保護の点検、守秘義務との整合確認、外部送信設定の監査、インシデント対応訓練などに予算が割かれていない状態です。個人情報保護委員会は 2023 年 6 月に「生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等」を公表していて、利用者が留意する事項を示しています2。これを実務に落とし込むには点検と是正の工数が必要になるのですが、予算項目として上がってこない事務所が多いようです。「外部 AI に顧問先データを入れていたが、学習に使われない設定になっているかを誰も確認していなかった」という形での発覚が、よく伺うパターンです。

同時に複数が起きる場面もあります

これらは独立して現れるわけではなく、同時に複数が起きていることが多いです。ライセンスに寄っている事務所では、教育・運用・監査のいずれにも予算が回らず、半年から 1 年後に「利用率が低い、品質がばらつく、退職者アカウントが残る、外部送信設定が未確認」という状況が同時に出てくることがあります。発覚するきっかけは、監査が薄いことから出てくるインシデントの場面、という形が多いように見えます。是正のコストは予防のコストの数倍に達することもあるため、配分を組む段階で「どの区分もゼロにしない」を持っておくと、最初の防御線になります。

バランスの目安 — 30:30:20:20

配分の偏りを踏まえて、士業事務所の AI 予算は 4 区分にある程度配っておくほうが、後で困りにくくなる傾向があります。執筆時点(2026 年 5 月)のご相談事例から見える目安として、次の比率を一つの参考にしていただける場面が多いです。

区分目安の比率主な内訳
ライセンス30%生成 AI・SaaS の利用料、API 利用料
実装30%初期構築、業務連携、プロンプト整備
運用20%監視、アカウント管理、ログレビュー、改修
教育20%研修、ガイドライン整備、FAQ、利用相談窓口

「30:30:20:20」はあくまで目安で、業務内容・既存システム・規模によって動きます。見ておきたいのは 2 点で、どの区分もゼロにしないことと、ライセンスが半分を超えていたら配分を疑ってみること、という形になります。ライセンスだけを見て「100 万円で AI が使える」と判断すると、残りの実装・運用・教育で同程度以上の予算がかかってくる構造を見落としやすくなります。

規模別の重みの傾向

事務所の規模によって、どの区分が重くなりやすいかには傾向があります。

所員 1〜5 名(小規模)

ライセンスの比率が相対的に高くなりやすい一方で、実装はノーコード SaaS や既製ツールの組み合わせで圧縮できる場面もあります。代わりに、所長・パートナーの方ご自身が運用ルールと教育を兼務せざるを得ない構図になりやすいため、運用・教育の「時間予算」を勤怠の上に確保しておく必要があります。金額ベースでは小さく見えても、人月換算では無視できないコストになります。

所員 5〜20 名(中規模)

業務種別がやや分かれてくる規模で、実装の比率が高くなる傾向があります。会計システム・案件管理システムとの連携、業務別のプロンプトテンプレートの整備など、所内専用の作り込みが発生しやすい層です。運用・教育の担当を 1 名指名しておく事務所が多いように見えます。

所員 20 名以上(大規模)

運用・監査の比率が他の層よりも重くなる傾向があります。利用ログのレビュー、権限管理、外部送信制御、退職者処理などの定常運用が回らないと、規模に比例して問題が広がりやすくなります。実装よりも運用・教育の継続予算を毎年計上していく設計を取られる事務所が多いです。

いずれの規模でも、「初年度は実装が重く、2 年目以降は運用・教育の比率を上げていく」という時系列の動きを見込んでおくと、年度予算を組みやすくなります。単年度の予算書だけを見ると実装の比率が異常に高く見えるのですが、3 年スパンで均すと実装の比率は下がり、運用・教育の継続コストが積み上がる形になります。年度予算を組む段階で、3 年分の配分推移をスプレッドシート 1 枚に書き出してみると、「2 年目以降の運用予算が空欄になっている」という抜けに気付きやすくなります。

監査の予算を空欄にしない

予算配分の議論で最も抜け落ちやすいのが、セキュリティ・コンプライアンス点検のための「監査の予算」です。士業事務所は守秘義務を負っていて、AI に顧問先データを投入する際の取り扱いは、契約・士業倫理規定・個人情報保護法のいずれとも整合させる必要があります。

監査の予算として置いておきたい項目を並べておきます。

  • 入力範囲の点検:顧問先データのうち、どの種類を AI に入れてよいかの線引きが文書化されているかを定期的に確認する工数
  • 外部送信設定の確認:利用している AI サービスごとに、入力データが学習に使われない設定・契約になっているかを年 1 回以上確認する工数
  • ログ保管・閲覧体制:誰が・いつ・何を入力したかのログを保管し、必要なときに閲覧できる仕組みを回す工数
  • 権限分離の点検:AI を使える担当者の方の範囲、出力を顧問先に提示できる担当者の方の範囲が分かれているかの定期確認
  • インシデント対応の訓練:AI の誤回答を顧問先にお伝えしてしまった場合の発見・是正・報告のシミュレーション

これらは「コストセンター」として位置づけられがちなのですが、インシデント発生時の是正費用・信用毀損のコストは、予防的な監査の数倍から数十倍に達する場面もあります。年間予算の 5〜10% 程度を監査用に確保しておく形を取られる事務所が多いです。

配分を見直すときの問い

予算を組み直す、あるいは年度の途中で配分を見直すときに、自所に向けてみていただきたい問いをいくつか挙げておきます。

  • ライセンスは予算全体の 50% を超えていないでしょうか。超えているなら、残りの実装・運用・教育で同等規模の予算が必要になる構造を、もう一度見ておきたい場面です
  • 「空欄」の区分はないでしょうか。実装・運用・教育・監査のいずれかが空欄であれば、半年から 1 年後に表面化しやすいパターンに向かっている可能性があります
  • 2 年目以降の継続予算は想定されているでしょうか。初年度は実装が重く、2 年目以降は運用・教育に比重が移っていく動きがあるため、単年度で「使い切り」の形になっていないかを見ておきたいです

ライセンス契約書だけが分厚くなって、実装・運用・教育の項目が空欄のまま、という予算書を、ご相談の場で何度かお見かけしてきました。配分のバランスは、ライセンスが半分を超えていないかと、監査の予算が空欄になっていないか、の 2 点を見ておくだけでも、初年度に困りやすい場面を減らせる傾向があります。

参考

Footnotes

  1. 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX 白書 2023」2023 年 3 月 16 日 https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/dx-2023.html

  2. 個人情報保護委員会「生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等について」2023 年 6 月 2 日 https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/

Author · 著者

三方 浩允

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