決算期の税理士事務所で、申告書ドラフトを前に「数字は合っている」「ドラフトは整っている」「あとは社印を押すだけ」という段階で迷うことがあります。集計や別表のひな型、注記文の下書きを AI に手伝ってもらった案件であれば、なおさらです。
署名押印を行った時点で、書面に対する責任は税理士の方ご本人に帰属します。AI に下書きを手伝わせたかどうかは、責任分担を動かす要素にはなりにくいようです。本稿では、提出直前に通しておきたい確認の手順を、現場でよく出てくる場面に沿ってご紹介します。個別案件の適法性判断は委任契約と実態、適用される法令・通達によって変わるため、運用設計のたたき台としてお読みいただければと思います。
繁忙期の最終週に出てきやすい場面
繁忙期の最終週には、いくつか似た場面が繰り返し見られます。表に並べておきます。
| 場面 | 起きやすい状況 | 後から表面化する経路 |
|---|---|---|
| 別表の数値転記の食い違い | AI 出力の別表四・五を、会計ソフトの集計と突合せずに採用した場面 | 修正申告で表面化 |
| 税制改正の取り違え | AI が引いてきた条文が改正前のままで、当期適用版に置き換わっていない場面 | 税務調査時の指摘で表面化 |
| 顧問先固有事情の落とし | AI に渡していない判断材料が、申告書に反映されていない場面 | 顧問先からの問い合わせで表面化 |
共通しているのは、提出前の確認が「数字の整合性」に寄っていて、判断根拠の再現性まで届いていないことです。AI を一部に使うことで作成が速くなった分、最終確認の粒度が問われる場面が出てきます。
別表と決算書の集計値を独立に突き合わせる
AI が生成した別表のうち、決算書から自動転記される項目(当期利益・繰越利益・税効果会計の対応など)は、AI 出力をそのまま採用するのではなく、会計ソフト側の集計値と独立に突合する流れにしておくと、後で振り返りやすくなります。
突合の単位は次のような階層で見ていくと、漏れにくい運用になります。
- 試算表 → 決算書本表
- 決算書本表 → 別表四
- 別表四 → 申告書第一表・第二表
「ドラフトはおおむね合っている」という段階で、各階層の突合が誰によって、いつ実施されたかが追える状態にしておく事務所もあります。
適用条文の版を当期事業年度に合わせる
AI 出力は、学習データの時点で固定された条文・通達・適用要件を引いてくることがあります。当期事業年度の開始日と終了日に対して、適用される版が一致しているかを確認しておきたい論点は、毎期改正が入りやすいところに集まります。
- 中小企業向け特別控除の上限額・所得要件
- 賃上げ促進税制の適用要件と控除率
- 研究開発税制の控除率・上限
- 交際費の損金算入限度額(資本金区分)
- 減価償却の特例(少額減価償却資産の特例、即時償却など)
毎期動きが大きい論点を事務所内のチェックリストに置いておき、AI 出力を採用する前に参照する立て付けにしている事務所もあります。
顧問先固有事情が反映されているか確認する
AI に渡したインプットに含まれていない判断材料が、申告書に反映されるべきかを確認しておく場面があります。よく出てくる論点は次のあたりです。
- 前期からの繰越事項(青色欠損金、繰越控除、貸倒引当金の繰入超過額など)
- 関連会社との取引(移転価格、寄附金、関連者間給与)
- 顧問先の業種特有の論点(建設業の長期請負、医療法人の社会保険診療報酬、不動産業の棚卸資産評価)
- 期中の組織再編・株主変動・代表者変更
これらの論点は、顧問契約期間中に蓄積された情報や、税理士の方が顧問先と直接話して把握した事情に依存します。AI 出力で抜けやすい層になりやすいため、提出前に「前期からの繰越論点リスト」を独立に当てておく運用を取っている事務所もあります。
添付書面と申告書本体の整合を確認する
書面添付制度を利用している場合、申告書本体と添付書面の記載内容の整合を確認しておく場面が出てきます。AI で添付書面のひな型を生成しているケースでは、次のあたりで整合性が崩れやすくなります。
- 申告書で適用した税制特例と、添付書面で「審査の過程」として記載した内容
- 計算過程に関する記述と、別表で実際に採用した計算過程
- 顧問先から受領した資料の一覧と、申告書で参照した資料
書面添付制度は、税務調査前の意見聴取につながる仕組みとして運用されています。AI 生成の添付書面が申告書本体と齟齬していると、本来の運用想定から外れる場面が出てきます。
提出後の検証可能性を残しておく
提出後に「この申告書はどのような根拠で作成されたか」を再現できる体裁にしておくと、後で振り返りやすくなります。
- AI に渡したインプット(決算データ、前期申告書、顧問先からのヒアリングメモ)が保存されているか
- AI 出力のうち採用した部分と、税理士の方が書き換えた部分の差分が追えるか
- 採用に至った判断根拠(条文、通達、過去事例)が事務所内のドキュメントに残っているか
提出直後ではなく、3 年後の税務調査時を想定して再現できるかどうかを基準にしている事務所もあります。
確認の途中で止まった場合の選び方
確認の途中で引っかかる項目が出てきた場合、選べる手があります。
- 該当論点を税理士の方が手で詰め直してから提出する
- 提出期限の延長申請を出して、論点を整理してから提出する
- 顧問先と再協議し、不明点を解消してから提出する
「ドラフトはおおむね整っている」段階で提出を進めず、どこに引っかかったかを記録に残しておく運用例もあります。同じ論点で次の繁忙期にも引っかかった場合は、運用設計の側で見直す手がかりになります。
事務所運用に落とすときの工夫
最終確認を毎回ゼロから走らせるのではなく、運用設計として固めておく工夫もあります。
- 確認のチェックリストを案件種別ごとに用意する(法人税、所得税、相続税、消費税)
- AI で生成した部分と税理士の方が書き換えた部分の区別ルールを事務所内で文書化する
- 提出直前のチェックを 2 人体制で回す(担当者と監査担当)
- 引っかかった項目を蓄積し、四半期ごとに振り返る
- AI に渡すインプットの保存ルールを整備する(保管期間、アクセス権、廃棄ルール)
確認項目を全部通過することがゴールというよりも、通過しなかったときに「なぜ通過しなかったか」を再現できる体裁にしておくこと。3 年後の税務調査で効いてくるのは、この粒度の記録のようです。
参考
- 国税庁「書面添付制度について」
https://www.nta.go.jp/taxes/zeirishi/zeimusyorui/sansei.htm - 国税庁(公式)
https://www.nta.go.jp/ - e-Gov 法令検索 / 税理士法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=326AC0000000237 - 日本税理士会連合会(公式)
https://www.nichizeiren.or.jp/ - 個人情報保護委員会「生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等について」(2023 年 6 月 2 日)
https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/