ある朝、ものづくり補助金の 17 次公募が締切の 2 週間前に差し掛かっています。顧問先から LINE で「加点項目の解釈、これで合っていますか」とスクショが飛んできた、というような場面です。300 ページの公募要領を一から読む時間はありません。生成 AI に貼り付けて要点を出させ、5 分でまとめて返信し、事業計画書の作成が一気に動き出した、というお話を伺うことがあります。
ここまでは速いのですが、論点になりやすいのは申請後の採択審査の場面です。「貴所が提示した加点項目の解釈は今回公募の要件と整合していません」と事務局から照会が入ったとき、「あれは AI が出した要約をそのまま転送しただけです」とは言いにくい状況になります。顧問先からも事務局からも、行政書士の方の見解として受け取られていることが多いからです。
本稿では、公募要領を AI で要約させて顧問先に渡す場面で、転送ボタンを押す前に挟んでおきたい確認の流れをご紹介します。個別案件の責任分界は委任契約と公募要領の個別要件で変わりますので、実務の地ならしとしてお読みいただければと思います。
要約をそのまま転送した場面で起きやすいこと
公募要領の AI 要約をそのまま顧問先に渡した場面では、いくつか共通したつまずき方が見えてきます。
一つ目は、AI が参照したデータが当該公募回より古いケースです。ものづくり補助金は 17 次公募と 16 次公募で加点項目の配点が変わっていますし、IT 導入補助金 2025 はインボイス枠の要件が前年から見直されています。AI が前回公募の要領で要点を出してくると、文面が似ているだけに、見直す側でも気づきにくい場面が出てきます。
二つ目は、採点配分の優先順位が並び替わって出てくるケースです。公募要領では必須要件として太字で書かれている項目が、AI 要約では補足説明として末尾に回っていたり、加点項目が必須要件と同じ重みで提示されたりすることがあります。要点リストの上から順に申請書を組み立てると、加点を取りに行ったつもりで必須要件を落としてしまう、という形になりやすいです。
三つ目は、「努力義務」と「必須要件」の境界が要約で曖昧になるケースです。賃上げ要件は公募によって必須・努力義務・加点のいずれかに位置づけられますが、要約では「賃上げ目標を盛り込む」とだけ書かれて、達成しなかった場合の取り扱いが落ちることがあります。
共通しているのは、行政書士の方が転送した時点では誤りに気づきにくく、採択審査・実績報告の段階で表面化しやすい点です。AI の速さで節約した時間の何倍もの時間を、後工程で使うことになる場面が出てきます。
公募要領の版を確認する
転送ボタンを押す前に、AI が要約のベースにした公募要領が当該公募回のものかを確認しておきます。
確認の仕方は単純で、AI に「この要約はどの版の公募要領から作成しましたか。公募回・公表日・PDF のページ番号を教えてください」と問い返します。明示できない場合は、その AI 出力はそのままでは使わない、という流れにしている事務所もあります。
事務局ページの最新版公募要領 PDF を開き、AI が抽出した必須要件のキーワード(例: 「賃上げ」「付加価値額」「事業計画期間」)を文書内検索します。要約に含まれる文言が公募要領のどのページに書かれているか追えない場合、その要約はそのまま転送しない、という運用を取っている事務所もあります。
ものづくり補助金のように改訂頻度が高い補助金では、同じ公募回内でも公募要領が複数回更新されることがあります。事務局ページの「公募要領(◯月◯日更新)」の日付を確認時点として記録に残しておくと、後日「あの時点での解釈です」と説明できる体裁が作れます。
顧問先に渡す文書の名義を決める
公募要領の版を確認したら、顧問先に渡す文書がどの名義で出ていくかを決めておきます。現場で取られている運用には、いくつかの形があります。
「行政書士の見解として渡す」場合は、AI の要約を下敷きにしつつ、行政書士の方が要件解釈を上書きしてから送る形になります。事業計画書の方向性に直結する論点(必須要件・加点項目・賃上げ要件の取扱い)は、このレベルで出している事務所が多いようです。
「AI 補助による要約として渡す」場合は、AI 出力をベースにしている旨を文書冒頭に明示する形を取ります。例えば「以下は ◯月◯日時点の公募要領を AI で要約したものです。事業計画書の作成にあたっては、申請までに行政書士で再確認します」のような注記を添える形です。LINE での速報には、この形を取っている事務所もあります。
「公募要領の引用として渡す」場合は、AI を介さず、公募要領 PDF の該当ページを直接引用する形になります。最も確実ですが時間はかかります。事業実施段階での疑義照会(「中間検査で何を見られるか」など)に答えるときに、この形を取っている事務所もあります。
転送ボタンを押す前に、いま渡そうとしている文書がどの名義なのかを自問する場面を一段置いておくと、後で説明しやすい体裁になります。
委任契約の文言と照合する
名義が決まったら、その名義で出すことが委任契約の範囲内かを照合する場面を間に置いている事務所もあります。
補助金代行業務の委任契約には、申請書作成・採択後の手続支援・実績報告までを含むものと、申請書作成までで切れているものがあります。後者の契約で「採択後の中間検査の解釈」を顧問先に渡してしまうと、契約外業務をサービスで提供している状態になります。後段で事務局照会が入って時間を取られたとき、報酬の追加請求の根拠が弱くなる場面も出てきます。
委任契約に AI 利用条項が含まれていない案件も多いと聞きます。顧問先データを AI に投入することの可否、AI 補助による要約を成果物として渡すことの可否、AI 出力の最終責任の所在。このあたりが契約段階で言語化されていないと、後日のやり取りで押し問答になる場面が出てきます。
実務的には、新規案件の着手時に委任契約のテンプレートを「AI 補助を前提とする補助金代行業務」用に更新しておくと、案件ごとに毎回確認する手間が省ける、という運用を取っている事務所もあります。既存顧問先には、次回公募の着手連絡時に「契約条項を一部更新したい」と切り出すタイミングを作っておく形です。
運用に落とすときの粒度
確認の流れを案件ごとに毎回フルで回すと、AI を使うメリットが薄れてしまいます。それぞれの場面で「いつ省略してよいか」を事務所内で先に決めておくと、ピーク時にも回しやすくなります。
版の確認は、省略しない形を取っている事務所が多いようです。ここを抜くと、後段の名義決定・契約照合が成立しにくくなるためです。
名義の決定は、公募の重要度と顧問先との関係性で粒度を変えている事務所もあります。新規顧問先・採択実績ゼロの公募では「行政書士の見解として渡す」を必須に、長期顧問契約のある顧問先への一次回答では「AI 補助による要約として渡す」で速度を優先するなど、案件種別ごとに事前に決めておく形です。
契約の照合は、新規顧問先と既存顧問先で工数が違ってきます。新規顧問先は契約段階で 1 回、既存顧問先は次回公募の着手時に 1 回、という形にしておくと、毎案件で全文確認する必要はなくなります。
確認の流れを毎回フルで回す前提だと現実的に回らない場面が多いですが、それぞれの場面で省略の判断基準を持っておくと、ピーク時にも回せる運用になります。
採択後にやってくる照会への備え
採択後の中間検査・実績報告で、公募要領解釈が問われる場面が来ることがあります。このとき行政書士の方の事務所側で必要になるのは、「あの時点でどの版の公募要領を、誰の名義で、どの契約の範囲で渡したか」を再現できる記録です。
最低限残しておきたい記録としては、
- 顧問先に渡した文書(LINE、メール、文書ファイル)の現物またはコピー
- そのときに参照した公募要領のバージョン(事務局ページの更新日付)
- そのときの委任契約の版(案件着手時点の契約書)
このあたりを揃えておくと、事務局照会が入った段階で「当該時点での解釈」を組み立て直しやすくなります。揃っていないと、過去の自分の解釈を再現するところから始めることになります。
公募要領を AI で要約させて顧問先に転送する場面では、版・名義・契約の三つを確認する流れを転送ボタンの前に挟んでおくと、公募期に詰まる場面の多くが採択審査の前段で解決しやすくなります。AI の速さを使いつつ、後工程で時間を取られない体裁を作るための地ならしとして、業務の流れに置いておく運用が取られています。
参考
- 日本行政書士会連合会(公式)
https://www.gyosei.or.jp/ - 中小企業庁「中小企業向け補助金・総合支援サイト」
https://kobokin.jp/ - 中小企業庁「ものづくり補助金総合サイト」
https://portal.monodukuri-hojo.jp/ - IT 導入補助金 公式サイト
https://it-shien.smrj.go.jp/ - e-Gov 法令検索 / 行政書士法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=326AC0000000004 - 個人情報保護委員会「生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等について」(2023 年 6 月 2 日)
https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/