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2026 / 06 / 08 ベストプラクティス

AIツールの契約更新月に、所長が並べておきたい三つの数字

Lead

少人数の士業事務所で、AIツールの年間契約の更新月が近づいた場面を想定して、利用ログ・業務の変化・コスト回収見込みの三つを同じ紙の上に並べる手順をご紹介します。

ある少人数の税理士事務所で、こんな話を伺ったことがあります。導入から 12 か月、ChatGPT の Team プランを 5 人で契約していた事務所で、年間契約の更新月が近づいてきた場面です。1 か月目は職員の方から「便利になった」という声が上がり、3 か月目には使う方と使わない方が分かれ始め、6 か月目にはダッシュボードを開く時間も減ってきた、という流れだったそうです。

それでも月額の請求は止まりません。年間契約であれば、更新月に「自動更新を止めるか、もう 1 年続けるか」の意思決定を一度通すことになります。本稿では、更新月の少し前のタイミングで所長の方が手元に並べておきたい数字と、その数字を見たあとの動き方をご紹介します。個別事案の契約解除可否は契約条項と実態によって異なりますので、本稿は判断の地ならしとして読んでいただければと思います。

「もう 1 年使えば慣れるかもしれない」と感じる場面

少人数事務所の所長の方から、よく伺うのが「もう 1 年使えば職員も慣れて、本格的に成果が出るかもしれない」という感覚です。

この感覚自体は自然なものです。ただ、感覚だけで更新ボタンを押すと、翌年も同じ感覚で更新することになりやすく、3 年目には「投資した分を回収するために続ける」という流れに入ってしまう場面も見かけます。

更新月の判断で材料になりやすいのは、「使えば慣れる」を期待する代わりに、過去 12 か月の実績を見える化することです。期待ではなく実績で判断するために、現場でよく並べられているのが三つの数字です。

実際に使われている座席数を見る

最初に並べたいのは、ツールの実利用ログです。多くの法人向けプランには管理者ダッシュボードが用意されていて、ユーザー別の利用状況を取り出せます。

確認しておきたい数字は、おおむね以下のようなものです。

  • 直近 3 か月の月次アクティブユーザー数(実際にツールを開いた人数)
  • ユーザー別の月平均リクエスト数または会話数
  • 利用がゼロの月があった方の人数と、その背景(休暇・退職・利用習慣がない、のいずれか)
  • 利用ログがツール側に残らない使い方(個人アカウントでの併用、ブラウザ拡張のみの利用など)がどの程度発生しているか

ここで見えてくるのは、「契約座席数のうち、実質的に使われている座席数の比率」です。5 人契約で月次アクティブが 2 人を切っているなら、座席数を減らす、あるいは別のツールに切り替える、という選択肢が立ち上がってきます。

利用ログを開いて「全員が毎日使っている」という状態であれば、この数字については問題なさそうです。「一部の職員の方だけが集中して使っている」「定期的に使う方が 2 人以下」という形であれば、次の二つの数字を見る前に、まずこの段階で確認しておきたい論点があると見ておきます。

業務の中で何が変わったかを書き出す

次に並べたいのは、ツールの導入で業務がどう変わったかを示す具体例です。導入時に「この業務に使いたい」と挙げたものそれぞれについて、現在の状態を書き出していきます。

確認しておきたい変化には、いくつかの種類があります。

  • 所要時間が短くなった業務(過去の所要時間と現在の所要時間を、案件ベースで比較)
  • 品質が変わった業務(やり直しの回数、顧問先からの差し戻しの回数、誤りの発見タイミング)
  • 担当者が変わった業務(補助者・事務員の方が担当できるようになった業務、所長の方しかできなかった業務が他の職員でも回るようになった業務)
  • 新しく着手できるようになった業務(工数が下がったことで、新規サービスとして提案可能になった業務)

導入時の期待と現在の実績を並べると、抽象的な「便利になった」が具体に落ちてきます。期待した種類のうち、現在二つ以上で実績が見えているなら、この観点では手応えが出ている形と読めます。一つだけ、あるいは見えていない場合は、ツール側の論点か運用設計の論点か、契約更新の前に切り分ける時間を取ると判断材料が増えます。

このタイミングで、職員の方からの聞き取りも一行ずつ集めておくと役に立つことが多いです。「使っていない理由」「使ってみたいけれども手が出ていない業務」を職員別に書き出していくと、運用設計の論点なのか、ツールが手伝いにくい領域なのかが見えてきます。

コストが見合っているかを粗く試算する

三つ目に並べたいのは、年額コストが、削減できた工数の人件費や新規受注の利益で回収できているかという数字です。

回収の試算は厳密でなくて構いません。粗く合わせて見るだけでも、判断の手触りは大きく変わります。

  • 年額コスト(ユーザー単価×座席数×12 か月、関連オプション・API 利用料を含む)
  • 削減できた工数の人件費換算(時間単価×短縮できた時間×案件数)
  • 新規受注の利益(着手可能になった業務での売上、または顧問先の単価向上)

年額コストを削減人件費と新規利益の合計で割った値が 1.0 を超えていれば、コストの面では回収できている形になります。1.0 を割っている場合でも、業務の変化の観点で「将来の受注余地が見える」と判断できるなら、もう少し続ける余地が残ります。

ここで一つだけ気をつけておきたいのは、「コスト回収できているから続ける」だけで判断しないことです。利用ログの数字に偏りがあるのにコスト回収ができている場合、特定の職員の方だけが集中的に使うことでコスト回収を生んでいる構造になっていることがあります。その方が退職された場面では、回収の前提が一気に変わります。

三つの数字を見たあとの動き方

三つの数字を並べた結果は、現場ではいくつかのパターンに分かれます。

すべて手応えがある場合は、契約を更新する判断になりやすいです。座席数の見直しや、上位プランへの切り替えを検討するタイミングでもあります。

一部の数字だけが芳しくない場合、契約更新を 1 か月だけ延期して、その数字を改善する取り組みを試す、という形を取る事務所もあります。利用ログが芳しくないなら、研修の再実施・利用業務の絞り込み・ツールの使い分けの見直し。業務の変化が出ていないなら、職員の方へのヒアリングと運用設計の見直し、という流れです。

三つともに手応えがない、あるいは大幅に届いていない場合は、解約または別ツールへの切り替えを検討する場面です。ベンダーロックインの度合い(データのエクスポート可否、移行コスト)も併せて確認しておくと、次の判断が軽くなります。

更新月の判断で取りやすい運用の一つに、「迷ったら 1 か月延期する」という選択肢を最初から持っておく、というものがあります。年間契約の自動更新を一度通すと、翌年の解約タイミングまで決断を持ち越すことになりやすいです。1 か月の延期で済むなら、立ち止まる余地も出てきます。

解約を選んだ場合に出てくる引き継ぎ

解約を選ぶ場面では、ツールに蓄積した業務知識・テンプレート・会話履歴をどう引き継ぐかが、次の論点になります。

引き継ぎで確認しておくと困りにくい項目には、以下のようなものがあります。

  • ツール内に作成したカスタム指示・テンプレート・ナレッジベースのエクスポート方法
  • 会話履歴のダウンロード(特に顧問先の業務知識が含まれている場合)
  • 共有していたファイル・ドキュメントの取り戻し
  • API 連携や外部システムとの接続の解除手順
  • 後継ツールへの移行スケジュール(並行運用期間が必要なら 2〜3 か月見ておく)

解約日の前日にこれらに気づくと、引き継ぎが間に合わないこともあります。更新月の判断と同時に、解約を選んだ場合の引き継ぎ計画も、粗い形で構わないので作っておくと、後で慌てにくくなります。

更新月の前に置いておきたい仕組み

三つの数字を更新月だけで揃えようとすると、データ収集だけで 2 週間ほどかかることがあります。次回の更新月で同じ作業を繰り返さなくて済むように、日々の業務の中に組み込んでいる事務所もあります。

  • ツールの管理者ダッシュボードを月初に開く習慣を、所長または事務局担当の方のカレンダーに入れる
  • 業務の変化の聞き取りを四半期に 1 回、職員別に 5 分だけ行う
  • ツールの利用コストと、削減できた工数を月次で 1 枚のシートに記録する
  • 契約更新月の 2 か月前に「数字の棚卸し会」を 30 分でやる
  • 解約・切り替えの判断時に必要なエクスポート手順を、契約締結時にツール別にメモしておく

更新月に慌てない仕組みを最初に置いておくと、毎年の判断が軽くなりやすいです。

おわりに

AI ツールの契約更新の場面では、「もう 1 年使えば成果が出るかもしれない」という感覚で判断する代わりに、利用ログ・業務の変化・コスト回収の見込みの三つを同じ紙の上に並べておく、という運用が一つの選択肢になります。一つでも手応えが薄い数字があったら、契約更新の前に 1 か月延期するオプションを残しておくと、「気づいたら 3 年契約していて、結局あまり使われていなかった」という流れにはなりにくくなります。

参考

Author · 著者

三方 浩允

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