士業事務所がAIの利用を検討するとき、たいてい先に決まるのは「気をつけること」です。顧客名は入れない、機密性の高い資料は貼らない、使う場面を限る。どれも意味のある取り決めです。
ただ、こうしたルールを作った後、しばらくすると同じ壁にぶつかります。**「守れているかどうかを、確認する方法がない」**という壁です。職員60名規模の会計事務所のように、月次の記帳代行だけで数百件の取引明細をAIに要約させる運用が定着している事務所では、所内ルールが整っていても、どの職員が、どの顧客の明細を、どこまでAIに貼ったのかを後から追う手段がない、という状態になりやすくなります。
この記事では、よく採られる4つの対策を並べて、それぞれどこまでを解いていて、どこから先が人の注意力に残るのかを整理します。個別の事案について適法かどうかは、契約内容・取り扱う情報の性質・依頼者との合意によって変わります。本記事は一般的な整理であり、特定の事案の適法性判断ではありません。実際の運用は、所属士業会の最新指針や顧問弁護士の見解とあわせてご確認ください。
AI利用で最初に採られる4つの対策
| 対策 | 解いていること | 残ること |
|---|---|---|
| 学習に使わせない設定にする | 提供者側での二次利用 | 送っていること自体は変わらない |
| 利用規約で二次利用しないと確認する | 契約上の位置づけ | 規約は約束であって、技術的な制約ではない |
| 所内の利用ルールを決める | 使い方のばらつき | 入力するのは人。回数が増えれば取りこぼしが出る |
| 個人情報を伏せて入力する | 明らかな識別情報 | 氏名・屋号は形が決まっておらず、伏せ忘れを機械で見つけられない |
4つとも無駄ではありません。ただし、いずれも「送ったあとにどう扱われるか」か「人が正しく操作すること」に依存しています。月次処理を月100件以上こなす会計事務所では、この「人が正しく操作すること」への依存が、件数分だけ積み重なっていきます。
守秘義務の説明として、何が問われているか
守秘義務をめぐる説明で問われるのは、事故が起きたかどうかではなく、顧問先に対して事務所として何を説明できるかです。
- 「安全に扱われる契約になっています」— 相手方の運用に依存した説明
- 「所内ルールで入力しないことにしています」— 運用の遵守状況に依存した説明
- 「そもそも送っていません」— 事務所側の設計だけで完結する説明
3つ目だけが、相手方の運用にも、職員の注意力にも依存しません。ここを増やせるかどうかが、説明のしやすさを分けます。
「伏せて入力する」が難しい理由
4つ目の対策だけ、少し性質が異なります。
電話番号・メールアドレス・郵便番号・法人番号のように形が決まっているものは、機械で見つけて落とせます。桁数や記号の並びに規則があるからです。
一方で、氏名・屋号・事業場名には形がありません。「山田」が人名なのか地名なのか、文字列だけでは判別できません。取引先名が入っている欄に個人名だけが書かれることもあります。
つまり「伏せ字にする」方式は、構造的に取りこぼしが残ります。取りこぼしが残る方式を、守秘義務の説明の中心には置きにくい、というのが実務上の難しさです。
ここから導かれるのは、氏名や屋号は「見つけて落とす」のではなく「最初から渡さない」形にするという方向です。この作り方については連載の2本目で扱います。
人の注意力に残してよいもの・残さない方がよいもの
すべてを設計で解く必要はありません。分けて考えると整理しやすくなります。
設計で解いておきたいもの
- 顧客を特定できる情報が外部に出るかどうか
- 誤った操作をしたときに、そのまま通ってしまうかどうか
- 何が外部に送られたのかを、後から確認できるかどうか
人の判断に残してよいもの
- その業務にAIを使うのが適切か
- 出てきた内容を採用するか
- 顧問先に説明するかどうか
前者は毎回の操作で発生し、回数が多いほど取りこぼしが増えます。後者は件数が限られ、専門家の判断そのものです。回数の多いものから設計に移す、という順序が現実的です。月次処理を大量にこなす会計事務所ほど、この順序の恩恵が大きくなります。
事務所として、まず一通のメールで確認すること
現在利用中、あるいは検討中のツールについて、この3点をまとめて提供元に問い合わせてみてください。1回のやり取りで済む内容です。
- 入力欄に自由に文字を書けるか — 書けるなら、そこに何が入るかは防げません
- 顧客名がそのまま送信されているか — 「安全に扱われる」ではなく「送っていない」と言えるか
- 何を送ったのかを、後から確認できるか — 記録がなければ、説明も検証もできません
いずれも、提供元に問い合わせれば答えが返ってくる内容です。答えが揃えば、「気をつけます」で止まっていた説明を、「事務所の設計としてこう対応しています」という言葉に置き換えられます。ここまで確認できれば、あとは月100件・200件と件数が増えるほど、設計で守れる範囲の広さがそのまま強みになります。件数の多い事務所ほど、早めに確認しておく価値があります。
参考
- 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」(最新版は公式ページで確認してください)
- 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン」Ver1.2 (2026-03-31公表 / 2026-08-05確認時点)
本連載では続けて、入力欄の設計 (2本目)、判定と文章生成の分け方 (3本目)、導入時の説明で先に伝えるべきこと (4本目) を扱います。